根をつめたPCのの仕事に集中していたら

 

満月MAX時間になってしまった。

 

満月パワーの興奮なのか、苦手な仕事に集中。

 

ほっと一息、ベランダへ出ると

 

満月は西の空へ。

 

川面に移る満月と、遠くに見える月の道。

 

遠くに見える川面の月の道は

 

未来へ続くタラップのように感じた。

 

 

 

 

 

umu-wakaには、

 

6月の満月に珊瑚が一斉産卵する

 

紅い海の色を染めたストールは2色あります。 

 

 

 

 

 

 

華珊瑚色・hanasango-iroと

 

海珊瑚色・umisango-iro。 

 

 

 

 

 

以前、NHKの番組で、

 

6月の満月の夜、慶良間諸島の海が真っ赤に染まる番組を見た。

 

感動だった。 

 

あの神秘の美しい場面から2つのキーワードで2色染めた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日に合わせて、華珊瑚色をお客様へ送った。 

 

 

華珊瑚の魔法が美しく描かれますようにと。

 

 

 

今宵の満月の月光の道は

 

華やかに自身の海を描く時へのタラップのように感じた。

 

 

 

 

 

 

1997年7月

名古屋大須のファッションビルにオープンさせた

 

心の処方箋・アンジェリア

 

 

オーラソーマ・カラーセラピーのカウンセリングルームが

二部屋あり、今で言うスピリチュアルグッズの物販のお店を

オープンさせた。

 

この頃、名古屋の大須は、新しくファッショナブルに変化すると

話題になっていた地区で、このファッションビルも

全国から業界人がリサーチに来た。

 

このお店では、オーラソーマカウンセリングルーム以外に

数秘グッズ、インディアンジュエリー、パワーストーン、

アロマにお香にスマッジ。

魔法グッズ、ブードゥー人形とスピグッズ万歳だった。

 

そこに加え、土地柄、ポップな雑貨なのども扱った。

辛気臭くなく、ポップでお洒落なお店だった。

 

 

そして

これはね

1995年に亡くなった父への愛から始まった

勉強実地没頭のインプットをアウトプット表現生み出した世界だった。

 

 

_______________________________

 

 

1995年に父の末期癌の闘病生活。

そのケアーをとむさぼりつくように

勉強した民間療法やアロマセラピー。

闘病中に離婚。

1995年年末に亡くなった父。

医療ミスや尊厳死、緩和ケア、遠隔気功。

もっと父に何かしてあげられたのではと。

その後悔が、癌の痛みを緩和するアートセラピー

そしてたどり着いた英国・オーラソーマカラーセラピー

 

20歳からずっと続けてきたデコレーター時代

デコレーターを辞めてまでも、心、体、精神の繋がりからの

お洒落で楽しいケアの世界を作りたいと邁進だった。

変化に恐れるなんて、1ミリもなかった。

 

 

 

1996年オーラソーマカラーセラピー

 

私にとっての今の人生哲学はここから始まったと思う。

仕事で何を表現したいのか?はここからだった。

 

まだ日本に入ってきたばかり。

今で言うリトリートスタイルでのコース。

デコレーター仲間からは、山へ籠って占い師になったと

噂された。めんどくさい女の世界はおさらばさと思った。

変化には偏見がつきものだ。

 

この頃は、今で言うスピリチュアル世界の走りか?

スピリチュアルなんて言う表現はなく、

この頃は、精神世界・ニューエイジャーと言われた。

 

全国から集まったオーラソーマのコース。

レベル1、レベル2、レベル3

第一線で活躍するファッション業界の方も多かった。

 

トレンド・流行を察知する能力と第六感ってなものは

ある意味、同じアンテナなのかもしれないと思った。

 

とにかく、今も活躍するでレジェンドがいっぱいだった。

この頃は、そんな精神性のあるストーンやアロマや

諸々を仕入れる場所がなかったから。

新宿にニューエイジャーの凄い商業施設「SWO」

宇宙人セミナー、香りから解読するアロマ

今思うと、20数年、時代への察知が早かった人々だ。

心の処方箋・アンジェリアの仕入れで出会った人々は

今も美。健康。スピ的な世界では草分けさんなんです。

 

____________________

 

 

 

1997年7月にオープンさせた心の処方箋・アンジェリアは、

その後、このお店は詐欺に会い乗っ取られ

お店は閉めることになった。

 

そして

20歳からずっと続けてきたデコレーター(*デコレーター

を続けながら、

日常に、色の効能、五感への効能を生かした演出や

オブジェ作りに邁進した。

デコレーターとしても、百貨店元請けになるし、

アミューズメントパークや、大手鉄道会社の飲食部の

ディスプレイなど面白いクリエイティブな仕事が増えていった。

空間自体のプロデュースと内装やアロマの香りの空間もデザイン。

面白いクリエイティブ時代。

 

 

しかし

食、アロマ、健康、美、精神世界への探求は増した。

正食という古来からの健康日本食、

健康ジュースバーはアメリカから資料を取り寄せて

数秘術からのお食事レシピ。

さまざまなサプリメント、ケモタイプのアロマセラピー。

健康ビューティーオタク。私はモルモットのような。

なんでも夢中になりすぎて、素人越えの知識量になった。

 

 

 

 

 

2003年

 

おしゃれに楽しくダイエット

5億かけた大きなダイエットショップのプロデュースをした。

1995年から自身にインプットして消化させた内容を

1984年から始めたディスプレイ、商業空間のノウハウまで

全部描ききったものだった。

 

 

どうも、邁進して知識や探究したものを

ある時間が来ると、生み出さないと

死んでしまうタチである。

 

掃除機のように、空間、世の中にある美しいものや知識

それを、そう掃除のように吸い込んで

体内で消化させ自身の「ある物体スライム」を創り出す。

 

それをある一定時期になると産卵させないと

腐ってしまうと言う「サガ」が私にはある。

 

 

 

 

 

 

 

 

この大きなお店は

人柱になっても良いという決意で作った。

 

なんか痛みを伴わないと

本質は生まれないと思っている節がある私だ。

 

 

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センスの良いものしか受け付けない

 

 

 

 

内装は、仕事仲間の大手ゼネコンの「オタクこだわりチーム」

マスター設計士のS君とは、今でも連絡を取り合っているが

こだわりにこだわった、面白い相当楽しい仕事だったと

語り合う。

 

 

お店のロゴ、ショップカード、諸々のデザインは

umu-wakaのロゴも作ってくれた「Kくん。

彼のデザインは、世界一だと思っている。

 

 

古くからの友人で、今も第一線で活躍中。

彼のデザインは、街中を歩けば、きっと誰もが

出会っているんだけどね。

 

 

ピカイチのデザイン料は高額。

地方の企業だと、デザイン料にはお金をかけない質があるから。

ロゴデザインで300万円だったかな。

 

それ以降の販促物や、諸々には

予算がつかなくて、ディレクションで関わってもらうことに

なったが、

 

 

諸々とたくさんデザインするものはあって

リーフレットとか、地元のデザイン事務所に

発注することになったが

 

 

元となるものを私がデザインして

そこからデザイン表現をセンスアップしてもらう予定だったが

全てが、ドレスダウンになった。

普通の地元のデザイナーでは、無理だった。

 

 

「wakaちゃんは、良いものを身すぎてるから

 普通のデザイナーでは無理なんだよ。」

 

とK君は言った。

 

 

美意識、こだわりが強い私。

だからめんどくさい。

 

 

 

だからumu-wakaのロゴはK君に作ってもらったが

ホームページもDMもショップリーフも

いまだに自分でデザインしている。

 

軍資金が必要だ。

 

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さてダイエットショップのことに戻ろう。

 

サプリ工房

開発したサプリ群

管理栄養士からのサプリ、中医師&鍼灸師からのサプリ、健康運動士からのミール

それをカウンセリング後、クライアントさmオリジナルに梱包する施設

 

 

 

 

 

管理栄養士、中医師、鍼灸、健康運動指導士

アロマセラピスト、諸々専門家を抱え

 

 

それぞれの分野のサプリ開発。

物販は、ビジュアルにもこだわって

全部、チェックして食事物、グッズ、調理器具

素敵なお水たち。

諸々、商品構成も主導した。

それを入れる什器もデザインした。

 

もちろんジュースばーのメニュー開発は

長年研究してきたものをメニューにした。

今では、umu-wakaで檸檬王子色と

ストールの色名に付けているが

 

 

ジュースの名前も可愛いネーミングにした。

柑橘王子ジュース、長芋ホワイトジュース。

 

 

ダイエット大国、アメリカへも研修旅行に行った。

NY、ロス。

 

 

 

本当に美しい素敵な店だった。

 

オープニングのお花もフルーツで飾った。

 

 

 

 

 

 

変わりどころでは、ダイエット神社。

神主さんに来て頂ききちんとした神社にした。

 

賽銭泥棒も追いかけた。

 

 

当時は、かなり話題となり

私は、毎日、テレビに出演していた。

 

 

そして

人柱になる覚悟の通り、不整脈で倒れた。

 

 

その後もエステサロンの総合プロデュースなど

大きな仕事をしてきた。

 

 

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2021年6月11日。

エアリアルヨガをしている時に

私の体から聞こえてきた声。

 

 

 

「変わることが恐いの!!!」

 

 

 

対極にある私の保守的な質に驚きながら認知した後

私にとって選びたくない世界のものや環境を

知らせる出来事が続いた。

 

 

これは、過去の経歴の中にある

「チリやホコリ」のような気がして、

自身の経歴を棚卸しをしてみた。

 

 

今、こうして経歴2を先に書き上げて目にした

 

自分の質や

 

動き方のリズム

 

ユズレナイこと

 

美意識

 

 

 

今、染工場建設中で。絶賛大きな変化の真っ最中。

 

 

 

 

自身の経歴や質、流れを見ることで、

これからの変化の地図をしっかり描くことができる。

 

 

今宵は満月。

「新しくなること、変わることへの恐れを乗り越える」

などといった水瓶座土星×牡牛座天王星の星回りのテーマだと。

 

自身が生きてきた経が、行く道を知らせてくれる。

 

 

 

さてさて

まだ、自身の経歴の中から

キーワードがあることを知っている。

 

それからだ。

私の図面引きはと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変わることが恐いの!!!」

2週間前のヨガの時に、私の体から聞こえてきた声。

 

変化を恐れず、ガンガン挑戦して行くテーマで生きてきた私。

「THE ROSE」は、そんな私のテーマ曲だった。

 

対極にある私の保守的な質に驚きながら認知した後、私にとって選びたくない世界のものや環境を知らせる出来事が続いた。

これは、過去の経歴の中にある「チリやホコリ」のような気がして、自身の経歴を棚卸しをしてみた。

 

自分の質や、動き方のリズム、ユズレナイこと、美意識を改めて理解した。

 

今、染工場建設中で。絶賛大きな変化の真っ最中。

 

自身の経歴や質、流れを見ることで、これからの変化の地図をしっかり描くことができる。

今宵は満月。

「新しくなること、変わることへの恐れを乗り越える」などといった水瓶座土星×牡牛座天王星の星回りのテーマだと。

 

自身が生きてきた経が、行く道を知らせてくれる。

 

 

 

さて

棚卸しを始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先週10日の双子座新月(日食)、(6/21)の夏至前。

 

水星は逆行中とカオス(混沌)な空気感そのもの。

 

 

 

その影響なのか、私も自然の一部なのか、

 

私は、仕事以外の事や、家族の事でで大変忙しくしておりました。

 

SNSさえチェックする暇もなく(笑)

 

 

 

そのカオス&忙しさの中、

 

ヨガ中に肉体から聞こえてきた私の内側の声に驚き、

 

目を覚ますと視界は開け展望が見えてきました。

 

カオスの中からしか真理の道は見えないのか?

 

クリアな光は、カオスを越えないと見えてこないのか?

 

 

 

そして予感どおり、

 

夏至明け、水星逆行明けから徐々に世の中の空気感も変わり、

 

7月に入るとパッキッとニュアンスも変わって行く。

 

そんな感じがしています。

 

今から7月のエネルギーを染めることがとても楽しみです。

 

 

 

 

まあ、先週は、そんなカオスの中、

 

亡き父の箪笥の中から両親の結婚式の写真が出てきました。

 

黒無垢の花嫁衣装を着た母の姿にうっとりしました。

 

きっと、この日の姿は、ため息が出るほどの美しさで

 

周りの空気さえ変えていたんだろうなと。

 

 

そして

 

当時は、相当ハイカラな花嫁さんだったんだろうなと。

 

 

 

江戸時代後期から昭和初期は黒無垢が主流。

 

黒無垢が一番格式高いと言われた時代。

 

 

母の黒無垢の花嫁衣装の柄は、私好みであり

 

自宅のどこかにあるのなら、取り出して私のものにしたい。

 

なんて思いながら、開かずの押し入れの中を妄想する。

 

 

 

 

 

母の若い頃の、若い娘たちの夢は

 

犬山の洋装店でデザインをして

 

洋服を仕立てる仕事に就くこと。

 

そして犬山に嫁ぐことだった。

 

 

 

その夢を叶えた後、

 

自宅でサロンを構えた母は花形。

 

牡牛座の強くサバイバルな女性だ。

 

今更ながらリスペクトです。

 

 

 

コロナ禍で会えない母を

 

そのあえない距離感の中で感じる。

 

大きく遠く過去を感じた一枚の写真に

 

今の私を見る。

 

 

 

ズンズン進化を奥行きを求め

 

傷つきながらも変化し続けてきた自分。

 

その裏腹にある対極的、保守的なもう一人の私。

 

変わることの恐れ。

 

 

 

今の私に

 

韓紅香色という赤で染め、

 

その上へ黒染めを施したい。

 

 

 

 

 

 

韓紅香色・karakurenaikou-iro

 

異国の地で新しく生きる覚悟、

 

悲しみや憂いを遠くに置き、

 

生きる覚悟の生命力あふれた紅色。

 

 

 

 

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そして、この当時の美しい黒色は

 

白生地に紅の染料を重ねて下染めをして、その後黒で染めた

 

紅下黒色。

 

他にも古くからの染色方法で藍色で下染めをした後

 

黒染めをした藍下黒色などがある。

 

 

 

 

下染めは深みのある黒を引き出し、

 

色に奥行きや、深み渋みを持たせたり、

 

重厚な色合いへと導く。

 

そして染め上がりの色艶がよくなる。

 

 

 

大島紬の泥染めも

 

車輪梅の赤茶色の染液で染めた後

 

鉄分の多い泥で媒染して黒へと導く染め。

 

奥行きのある色は、雄弁で美しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

umu-wakaの黒色     

 

 

umu-wakaシルクカシミアストール 薔薇下黒色

 

 

 

 

 

umu-wakaの黒いストールは、

 

このように薔薇紅色で染めた後、黒を染めた薔薇紅下黒色があります。

 

艶やかな黒が染めたいと、古代の染め方法をアレンジして生まれた色。

 

 

 

他にも韓紅香色で染めた後の黒色は、

 

新たなステージへ移行する時の

 

恐れや憂いを慰め覚悟の黒色。

 

 

他に

 

緑歳色で染めた後の鏡黒色など、

 

黒だけでも7種類あります。

 

 

 

 

umu-wakaの黒色のお話は

 

また後日、たくさん綴りましょう。

 

楽しみにしていてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そろそろ

 

Exhibitionを開催したいと思う。

 

 

昨年は、コロナの影響だけでなく

 

母の事故もあって

 

開催できず。

 

 

 

 

 

 

真珠染めストールのお披露目ができていない。

 

懐かしい東京表参道のPerry House Galleryでの写真を見て

 

あの眩しかった日々が遠くのことのように感じる。

 

 

 

 

今、

染め工場を建築中。

 

施工が遅れ、完成がいつになるか定かではなくて

中々、日程がたてられないが

 

10月に名古屋にてExhibitionを開催する方向で

計画しています。

 

 

東京方面、遠方での開催は、

ただいま、猫ちゃん二匹のシングルマザーという環境で

 

私が子離れ(にゃん離れ)ができていないので

年内に体制を整えて

 

 

2022年を開催目標にしています。