恩師がまだ結社をしていた頃、恩師に教えてもらっていたという人からのTEL

現代俳句協会の名簿をみてTELを下さいました。

恩師はとても個性的で不思議な人だったらしく、「先生に教えていただいていたから、

他の先生では何かもの足りなくて…」とおっしゃって下さる方も沢山おられるとか。

恩師亡き今でも恩師を想って下さっている人が沢山いるようで本当に嬉しかったです。

私が感じていた想いと同じように感じている人がいたんだな。。。

私が頑張って伝えようとしなくても伝わっていたんだな。。。

私が頑張って伝えようとしなくても伝わるんだな。。。

今日のTELで私が気づいていなかったことを、またひとつ気づかせてもらえました。

こんな些細なことですが、私は、全て必然なのだと思います。


・恩師の奥さんが亡くなったこと

・そのことで見えなくなっていた大切なものに気づかせてもらえたこと

・別れ

・そのことで大切なことを考える時間・実行する時間を与えてもらえたこと

・句会&教室(メンバー様・施設スタッフ様&利用者様のおかげで始めることができたこと)

・個展(企画~抽選~準備~開催~片付けまで沢山の人に支えられて無事終えることができたこと)

・その際、現代俳句協会を紹介してもらえたこと

・転職(そのおかげで大事な人に出逢えたこと。そして個展時スムーズに出来たこと)

・祖父が亡くなったこと

・そのことで成長させてもらえたこと

・沢山の人に支えられて俳句活動を今も続けさせてもらえていること

・今年、現代俳句協会が会員名簿を出したこと

・現代俳句年鑑をしっかり読んでいた人がいたこと

・私の名前を見つけて「もしや?」と思い、伝えて下さったこと

・それを聞いた方が名簿を見て「住所も恩師の所と近いし…」と思い切ってTELして下さったこと

・その時、私がTELに出れる状況にあったこと(出かける寸前だった)


偶然と言われるかもしれない。こじつけと言われるかもしれない。

けど、私は全て必然だったんだと思います。だって私のチカラでないことが山ほどあるから。

どう考えても支えてくれる存在が、背中を押してくれる存在が、気づかせてくれる存在が、

道を示してくれる存在がいて、そう運んでくれているとしか思えないことが沢山あるから。

だから、私はいつもそんな存在に「ありがとうございます」って思います。


私は私のチカラで人生を進んでいるわけではなく

そんな存在があるから人生を進んでいけるのだと思います

存在っていうのは、「この人」というような特定の形あるものではなく風のようなもので

私が風船や柳のように心も体も身軽な「存在」になれば、

風が行くべき所へ連れて行ってくれ、会うべき人に出逢わせてくれる

しかし、私が自我や欲求を前面に出して堅く重い「自分」になったなら

風にのることも出来ず、風がそこにあることすら気づかないかもしれない


毎日HAPPYで、特に大きな事故も病気もなく当たり前のような日常や偶然らしき事柄を

すごく凄いことなんだって気づかせてもらえるこの幸せに、大事なものを大事だと気づける幸せに

素晴らしい出逢いの積み重なりに、身軽でいさせてもらえたことに心より感謝します。


引き合わせてくれてありがとう。気づかせてくれてありがとう。

私の大事な存在に…ありがとう。