葦 にて
色彩講習
昼ごはん
母と対話
M整骨院
帰宅
晩ごはん
きゅうり漬け物
ツナと茄子のピリ辛炒め(ねぎ・玉子)
おやつ[コーヒーゼリー]
*-*-*-*-*
人には、居場所というものがあると思う。
私は、現“葦”を居場所と呼んでいた。
今でも“葦”に来ると、自然と落ち着き、心癒される。
それは、“葦”の持ち主であった“宮崎重作”という
人物と、その妻“ぬび古”という人物の、
大きな大きな愛によるものであろう。
俳句の道を歩んでいた重作氏は、もの言わぬが、
清く正しい、ぬび古氏の愛に包まれていたからこそ
我が道を行くことが出来たのであろうし、
ぬび古氏もまた、重作氏の活動的で朗らかな愛によって
人生を感謝し生きておられたのであろう。
目に見ることは出来ないが、2人の心は、
そして、“葦”を訪れ2人に迎えられた人達が思ったで
あろう温かい心は、今でも“葦”にあると感じている。
この大きな愛の詰まった“葦”という場所を
これからも大切に大切にしていきたいと思う。
色彩講習
昼ごはん
母と対話
M整骨院
帰宅
晩ごはん
きゅうり漬け物
ツナと茄子のピリ辛炒め(ねぎ・玉子)
おやつ[コーヒーゼリー]
*-*-*-*-*
人には、居場所というものがあると思う。
私は、現“葦”を居場所と呼んでいた。
今でも“葦”に来ると、自然と落ち着き、心癒される。
それは、“葦”の持ち主であった“宮崎重作”という
人物と、その妻“ぬび古”という人物の、
大きな大きな愛によるものであろう。
俳句の道を歩んでいた重作氏は、もの言わぬが、
清く正しい、ぬび古氏の愛に包まれていたからこそ
我が道を行くことが出来たのであろうし、
ぬび古氏もまた、重作氏の活動的で朗らかな愛によって
人生を感謝し生きておられたのであろう。
目に見ることは出来ないが、2人の心は、
そして、“葦”を訪れ2人に迎えられた人達が思ったで
あろう温かい心は、今でも“葦”にあると感じている。
この大きな愛の詰まった“葦”という場所を
これからも大切に大切にしていきたいと思う。