山田五郎が亡くなりましたね。


山田五郎とは実に不思議なひとでした。元々は芸能人ではなく、講談社の雑誌ホットドッグの編集者に過ぎなかった。それがたまたま誰かの代理だかでテレビに出たところ話題になり、あれよあれよと文化人になってしまった。博識というか、芸術論からサブカルに至るまで様々な引き出しを持っていた。


タモリ、みうらじゅんなど業界人からも一目置かれていた。タモリ倶楽部のみならず、アド街では不動のレギュラーとしてなくてはならない存在だった。まさに番組の顔だった。


亡くなる直前まで仕事をされていた。淀川長治や奥井潔みたいですね。趣味が仕事であり、仕事が趣味だった。男のロマンのような憧れの人生だった。


上智大学新聞学科出身。上智大学が生んだ奇才だった。お悔やみを申し上げます。


代ゼミの仲本とどっちが年上なのだろうか?


今がシュンです。S的雑談します。


本当に価値がある情報とは、自分が保存しておかないと世から消えてしまうものなんです。

例えば予備校文化。


ひと握りの好事家、物好き以外にとって予備校とは人生における単なる通過点に過ぎないのです。


それは講師も生徒も、意外と運営元もそうなのかも知れません。


もし代ゼミが本部校右横にあるスペースに予備校博物館は作ってアーカイブ化して残したとしたら。


まさに、代ゼミライブラリーとして。


かつての代ゼミ講師の授業を自由に観られるようにするとか、テキストだとか参考書を閲覧できるようにするとか。


需要あるかは謎ですが、予備校文化のアーカイブ化をできるのは代ゼミくらいしかないような気がします。


まあ、多分しないだろうけど。


代ゼミ回顧展みたいなイベントをかつてやったのですが、ちょっとしたパネル展示と、ほんの少し参考書が置いてあったくらい。基本的にテキスト類は毎年ほぼ廃棄しているみたいです。映像も保存してないかも知れません。


あのNHKでさえかつてはテープが貴重品で再利用していたため、大昔の映像はさほど残ってないそうです。NHKビデオライブラリーにも昔の映像はそこまで残ってないのだ。映像とは上書きされるものだった。


例えば鉄道。


鉄道ならば鉄道博物館があるし、きちんと保存されているイメージがあるけれども、保存されてる車輌や資料はごくごくひと握りです。スペースにも限りがあるし、そもそも保存には維持費などもかかるからね。


特にJR発足以降の車両となると保存される方が稀です。名車といわれた車両も躊躇なく解体されてます。まともに保存されてる車両なんて新幹線くらいじゃないですか?


JR東のフラグシップだったカシオペアでさえ保存されたのはスイートルームだった1両のみです。残りはほぼ解体されました。


小田急ロマンスカーの最高傑作と呼ばれているVSEでさえロマンスカーミュージアムに展示されているのは先頭車両のみです。1編成は一応車両基地に残されているらしいけども、展示スペースがそもそもないのです。


旅人よっちゃんが西園寺界隈を追いかけまわして映像をSNSに載せまくっていたのはアーカイブではございません。アレは西園寺の名前を利用した悪質極まりないギャラリーストーカーですから。限りなく盗撮に近い部類です。


盗撮もアーカイブになるのか。グルーミングもフレンドシップになるのか。なるわけがない。


旅人よっちゃんこそ廃車回送されるべきです。とっとと捕まってしまえばいいと思います。


西園寺のケジラミ。

例えば大衆演劇。


まあ、残さないよね。そもそも黒歴史だったりするし、旅の恥はかき捨てですから。


大衆演劇は役者が舞台に立ち続ける限りにおいて花開くのです。舞台から降りたら全てが終わる侘しくもあり、儚い世界なのです。


予備校講師に似てますね。予備校講師も教壇に立ち続ける限りにおいて羨望の眼差しですから。その点において映像講師はもはや予備校講師ではないと思います。


映像は売り物にして残してはいるのですが、大衆演劇って生で観ないと意味がないものなので、映像なんて単なる抜け殻に過ぎないのだ。残したくても残しようがないものというか。


それでも大衆演劇ライブラリーみたいなものはあってもいいのかなとは思います。


大衆演劇の歴史とか変遷とかをパネル展示、劇場や座長とか役者とかもなるべく多く紹介する。衣装や小道具を展示したり、舞台や客席などの空間も再現する。演劇グラフのバックナンバー、ポスターなども閲覧できるようにして、写真や映像なども観れるようにする。


川崎大島劇場をできることならば建物をそのまま残して、大衆演劇ライブラリーとしてできないだろうか。


語り部として元役者とか座長が館内にいればなおいいよね。体験型ミュージアムとしてミニショーなどを各劇団が持ち回りで週末などにやればさらにいい。カフェを併設したりして。


まあ、多分やらないだろうけど。


大衆演劇ブロガーはとりあえず知識もなければ、うんちくさえもない。何アレ。あの、薄っぺらいブログ。


昔の大衆演劇界隈のブログは少なくとも舞台の内容、芝居などを残そうとしていた。アーカイブとして価値が多少はあった。読み応えもあったし、そういう視点もあるんだと膝を打つこともあった。


今の大衆演劇界隈のブログで読んでも価値あるのはほんのひと握り。声高なブログほど中身は空っぽ、スカスカのカスブログだ。


そして、何の関係もない私的なことや私怨ばかりをつらつらと並べているだけ。大衆演劇をブログに書きたいのか、大衆演劇でブログを書きたいだけなのか。


前者ならば大歓迎だが、後者ならばただのカスである。カスならばカスらしく、それなりに爪痕を残せや。


まあ、宇野宗介はちょっとおもろかったけど。なんで宇野宗介やねんとは思った。目の付け所がカオスというか。変わり者なのはよくわかる。


今がシュンでした。ジャーニー。