ミャクミャク求めて神戸までやって来ました。


決して姫錦之助を求めて新開地まで来たわけではございません。


壺を求めてやって参りました。高市早苗ではないですよ?参政党でもございません。それは壺違いですよ。


引っ張りだこのミャクミャク。

淡路屋のお弁当ですね。


この壺求めてやって来ました。


ミャクミャク売ってなかった。


レギュラー品もなく、冬バージョンのみ売れ残ってました。

カニの爪の帆立が入ってます。

量は少ないのであっという間に完食です。

この壺は持ち帰ろうと思ったのですが、邪魔になりますね。


この弁当は明石海峡大橋が開通した平成10年に作られたもので、西明石駅で販売されたとか。


明石海峡大橋、鉄道通らないけど。大鳴門橋には新幹線を通せるスペースまで設けてあるのにね。


かつては旅のお供として欠かせない存在だった駅弁も時代の変化によってその役割が変わろうとしている。


今は駅で買って自宅などで食べるのが主流らしい。デパートでは駅弁大会なるイベントがちょくちょく開催されてる。


駅ナカやデパートで買った駅弁は旅のお供ではなく、家などで非日常感覚をほんのり味わうことができる楽しみとして購入されがちだ。


もはや、旅のお供ではなくなりつつある。


そもそも長距離列車がないのだ。ブルートレインなど夜行列車も全廃されてしまった。食堂車などほぼ残ってない。


さらに新幹線では車内販売すら廃止にされつつある。車内で駅弁を食べるとビジネスマンなどから苦情が寄せられるらしい。いわゆるスメハラというやつ。


車内で弁当を食べる機会がほぼ喪失してしまった。代わりに移動中はエナドリなどで済ましがちである。駅弁はお土産になってしまった。


かつて横川駅では峠の釜飯が売られていた。峠越えに際して機関車の連結作業などで停車時間を要した。そのタイミングで販売されたのが峠の釜飯だとか。


新幹線になり、峠越えの列車はなくなった。峠の釜飯は横川駅で売らなくなり、いまや東京などにアンテナショップを作って販売するようになってる。


まるで、旅役者が旅することをやめて、観客が遠征してくるような逆転現象みたいなものではないか。


旅役者と駅弁。両者とも旅することの意味を喪失しつつある。


シアターよろこびみたいに常設の劇場を設ける劇団も出始めた。潰れたけど。よろこべないけど。


ちなみにシアターよろこびは別の場所に移転して名前変えて細々と続けてるらしい。詳しくは知らんけど。


七転び八起き、よろこび座ですね。


旅役者も駅弁も時代の変化とともにその存在意義、価値が問われ、変わろうとしている。


大衆演劇と駅弁、10年後も残るだろうか?