衆議院議員とは小選挙区制と比例代表制の二本立てなのですが、これが実にもどかしい。


まず、小選挙区制だと、有権者は選挙区を選べない。選挙区という縛りの中で、自分の選挙区の立候補者の中からひとり、選ばなければいけない。


つまり、確実に投票したいと思えるような候補者がいない可能性があるということ。その場合、一体誰に入れたらいいのかという問題がある。


自分の選挙区には自分が支持している政党からの候補者がひとりもいないという事態だって起こりうるわけだ。


例えば、高市早苗の選挙区だと日本共産党ひとりしか立候補してないらしい。事実上の一騎打ちとなっている。反対側の選択肢はひとつしかない。



それってもはや、選挙として成り立つのだろうか?


他にも自民党と参政党くらいしかいないとかいう悪夢の選挙区だってあるとかないとか。


かと言って、白票を投じることは無意味ですからね。そんな権利の無駄遣い、民主主義に対する冒涜ですよ。


まあ、こんな解散総選挙自体がそもそも、民主主義に対する挑戦状だと思いますけどね。


説明はしない、とにかく自分を信任しろ選挙。


そんな異論は認めないジャイアンリサイタルみたいなことをされても。


ジャイアンリサイタルとの違いは、別に行かなくてもいいという甘い罠。


有権者が棄権すれば、それは現政権への白紙委任に等しいということになるわけだ。


白票を投じるというのも同様ですからね。


そんなくだらないこと、創価学会員くらいしかしないとは思いますけどね。全く、意味のない行動ですから。


もしもジャイアンリサイタルみたいに選挙が強制参加だったらどうなるのだろうか?


自民党は莫大な選挙資金を投入して、YouTubeだとかネットに広告出しまくっていたけど。


HIKAKINもびっくりの一億再生。短期間でそんなに回るんでしょうか?


世の中、不景気と物価高で首が回らないひとが増えてるというのに、ごく一部ではずいぶんと絶好調みたいです。


中国に舐められてたまるか。


トランプさんにも信任されてます。

本当に信任されてるのでしょうか?


大衆演劇の自称プレミアムbloggerみたいなものじゃないの?


西園寺の終身名誉顧問みたいなものじゃないの?

泣きをみるのは国民ですからね。


政治家は戦争に駆り出す人で、戦場の捨て駒にされるのは何も持たない国民ですからね。


しかも、若い人ですから。ジジイは行かないから。

分断が進行中です。


日本人はひとつになれません。


同性婚よりももっとやるべきことがあると、とあるゲイがSNSで主張したら大炎上してました。


大衆演劇に比べたらまあ、建設的な議論とは思いますけどね。真っ当な反論もありましたし。


今回、同性婚は議論にはなってません。カムイの塩対応くらい世間にとってはどうでもいい論点、着眼点でしたから。


まあ、同性婚や夫婦別姓に反対するというのもなかなか意地が悪いとは思うけども。


カムイの塩対応くらい意地が悪いと思いますよ。


大衆演劇の場合、ひとりでもその場にいたひとが不快に感じればその日の舞台は台無しだと思います。それがプロというものですから。


お遊戯会、学芸会じゃないんだからね。ひと握りのモンペが牛耳るような世界ではないのだ。


大衆演劇の場合、カスハラよりもそもそも劇場とか役者もなかなかのカスだったりするので、目くそ鼻くそなんですよ。


大衆演劇とは目くそ鼻くそ。


政治は目くそ鼻くそでは困りますからね。政治家もクソならば、有権者もクソだとか。それでは日本が滅びてしまいます。


まあ、有権者は所詮はそれ相応の政治家しか選べないとも言われてますから。選ばれた政治家がクソということは、私たちもクソなんですよ。他人事ではございません。


日本人がクソということを証明するに過ぎないのかもしれません。


とりあえず、選挙には行きましょう。


ちなみに、自分の選挙区も選択肢ないんですよ。れいわ新選組も日本共産党も出てないのでね。


そうなると、中道に入れるしかないのか。


中道に入れるということは、創価学会に入れるということに等しいわけで。


悔しいです。


学会員みたいに白票投じるわけにはいかないからな。


また、比例代表制に書ける政党名はひとつのみですし。


しかも、比例代表の名簿とか順位って有権者が決めるわけではないので。あくまでも各政党の都合により出された名簿と順位に従うしかないのだ。


例えば、自民党と入れると、必然的に裏金議員とか統一教会の支援候補者に一票を投じることにもなりかねない。


自民党はいいけど、壺と裏金は嫌だという民意は一体どこに?


中道はいいけど、創価学会は嫌だという民意は一体どこに?


公明党はいいけど、立憲は嫌だという学会員は一体どこに?


山本太郎はいいけど、他の候補者には興味ないという民意は一体どこに?


参政党は…


このように、選挙制度の構造、設計自体がそもそも完璧ではないので、有権者とすれば実にもどかしいわけだ。


大衆演劇のように観たい劇団、行きたい劇場が選べるならば別だけども。


まあ、ゆうて大衆演劇もそんなに選択肢があるわけではないよな。


暇だから選挙に行くわけではない。忙しかろうと大雪だろうと、なるべくならば選挙には行くべきだ。


積極的、主体的に投票したい候補者がいないのであれば、消去法で投票するしかない。落としたい相手が一番嫌がる候補者に入れる。これが最適解となる。


大衆演劇ならば気分でいけばいいと思うけども。


暇だから観に行くものでもないし。忙しいことを理由にいかないのは、そもそも優先順位が低いからだろうし。


大衆演劇の優先順位が底辺だろうと別にいいけど。それはカムイが頑張ればいいだけの話だろうし。


選挙の優先順位がこれ以上低くなるような世の中って果たして健全と言えるのか?それは有権者の責任なのか?政治家の責任なのか?


誰のせいでもありゃしない。

みんなあなたが悪いのよ。


そこに来て自己責任ですか?自己責任論とか大嫌いなんですけど。


選挙に行かない方が悪いとか。行っても行かなくても変わらないじゃないですか。


そうなんです。行っても行かなくても同じなのだ。単なる気分の問題だろうからね。


でも、気分って大事ですよね。


セブンイレブン、いい気分。


大衆演劇も所詮は気分の問題なんですよ。


全ては気分次第なんです。


全然気分じゃないので困ります。大衆演劇観に行きたい気分にならないのです。


どうしたら、観に行きたくなりますか?