私は余程のことがない限り、怒ることはない。


めんどくさいというのもあるけど、怒ったところでどうせ何も変わらないだろうと思うのです。


バカにバカと言ったところで虚しいだけじゃないですか。


それに、他人に対してそこまで興味関心がないですね。東京と大阪の根本的な違いは他人に対して余計な干渉をしないところだと思います。お節介を焼かないというか。ひとはひと、自分は自分じゃないですか。



義理、人情というものは遠い日のノスタルジーです。かつては東京の下町にもあったのかも知れないけども、そのようなものは高度経済成長期以前の話で、半世紀以上前のファンタジーみたいなものではないか。


東京という町は巨大化するがあまり、ひととひととの絆だとか繋がりというものを良くも悪くも分断させてしまったような気がします。


大阪のひとってよく喋るなぁと思います。喋りだしたら止まらないじゃないですか。中身などなくても、とりあえずしゃべくりまくる。空白の時間というものが怖いのでしょうか。止まったら死んでしまう回遊魚みたいな感じ。少しは黙っていられないのかな。




「自分の思考を妄想だと認識する」ことは大事だと思います。思い込みが強いひとって自分の思考を信じてやまないんですよ。そして、思っていることをアウトプットしないと気が済まない。自分の内に留めることができない。だから、他者としばしばぶつかる。さらに、自分からぶつかっておいて相手に言いがかりを付けたりする。


あなたの妄想に他人を巻き込まないでください。


「感情を観察する」ことは社会で生きていくために必要な処世術だと思います。自分が不機嫌だからと言って関係のない他者にぶつけられても迷惑なだけです。相手は自分が思うほどあなたのことなど知ったことではございません。配慮するのが当たり前だとか思っているとしたら大間違いです。


「相手の立場を想像する」ことができないやつが多いからSNSも大衆演劇も衰退してるんですよ。


結局は自分のことしか考えてないんです。どいつもこいつも。おためごかしちっくなことを言って、所詮は自分が少しでもラクして、トクしたいだけなんです。他人を出し抜いておいしい思いをしたいだけ。そこに美学も哲学もございません。あるのはしょうもないエゴイズムだけです。


「完璧を求めない」のは大衆演劇もSNSも同じですよね。話半分くらいにとどめて、軽く受け流すくらいでちょうどいいのです。自分の理想像を相手に押し付けることほど鬱陶しいことはないですからね。あなたは私ではないし、私はあなたではないのです。他者とは自己の想像の域を超えることはないし、思い通りになど決してならないのです。


「長期的視点」がないから大衆演劇が衰退してるんですよ。目先のことしか考えてない。十年先よりもその日の舞台という世界ですから。SNSを書き込みしているひとも大体後先のことなんて考えてないんですよ。刹那的快楽を追求しているだけ。単なる暇つぶしです。


「怒ることのコスト」は意識した方がいいと思います。その場はスッキリしても、あとで必ず遺恨を残します。しょうもないことで怒ることは建設的ではないです。必ずブーメランとして自分にキックバック、復讐されると思います。身から出た錆ですね。自分が相手にぶつけた怒りはめぐりめぐって自分を斬りつけることになるのです。


もしも、「お前なんて死んでしまえ」と言ったり思ったりしたとして、もしも本当にぽっくり死んだとしたらどうしますか?一寸先は闇ですからね。


「問題解決に集中する」方がやり場のない怒りをぶつけるよりも建設的ですからね。怒りをぶつけたところで反発されるだけです。暴力で物事を解決しようとすれば暴力で返ってきます。戦争とは暴力で の連鎖反応ですから。戦争に良いも悪いもないのは、自分がたとえ良かれと思ったことでも必ず反発されます。黙って相手が従うなんて思い上がっているといずれ奈落の底に叩き落とされるのではないでしょうか。


自分がコントロールできる範囲内とは他者を介在させない自己の範疇です。相手のことを変えてやろうというのも一種の思い上がりに過ぎず、結局は自分が変わることでしか相手の視座を変えることはできないと認識を改めるべきだと思います。




ならば、どう振る舞えば相手は自分のことを振り向いてもらえるのか。聞く耳をもってもえるのか。


以下をヒントによく考えた方がいいと思います。

相手に過剰に要求しすぎなんです。相手に対して期待しすぎなんですよ。


相手はあなたが思っているほどあなたに興味関心はございません。


西園寺が旅人よっちゃんのことに興味関心あると思いますか?


大衆演劇の座長や役者が大衆演劇のブロガーの言動を気にかけてると思いますか?



西園寺はおじさんのことなど全く興味ないと思います。


座長も役者もブロガーなんて屁でもないと思ってると思います。お大尽ではないですし。そこらへんのモブ客のひとりに過ぎないのですよ。


旅人よっちゃんも大衆演劇のブロガーも全く本編には影響はないですからね。路傍の石、キタキタオヤジに過ぎません。


いつかスピンオフ作品になれる日は来るのでしょうか?未来永劫、来ないと思いますけどね。



単なるおっさんの誇大妄想に過ぎないのです。