国分太一、謝罪会見。
いまさらジローですよね。時すでに遅しですよ。
とりあえず、謝っちゃおうか。謝ればなんとかなる。フワちゃんだって復帰した。新井浩文だって復帰したみたいだし。
松本人志もシレっと復帰してますよね。
中居正広は引退したけど、復帰は厳しそう。
高市早苗は中国には謝罪しないと言っていますけど。
国分太一はいまさら謝罪して、高市早苗は謝罪せず、松本人志も謝罪はしていない。中居正広は引退。この違いは何なんでしょうか?
ひとは自分には否があるなんてなるべくなら認めたくないのです。大人だろうと子どもだろうと。
要はマウント取りですからね。どっちの方が上だという話ですから。自分の方が下です、なんて誰が自分から認めたいと思いますか?
高市早苗が謝罪すれば、中国の方が日本より上だと認めることになります。そうなると、高市早苗の存在意義がなくなるのです。認めるわけがない。
立憲民主党の岡田克也に責任をなすりつけてでも自分に否があるなどと認めないのはいうまでもないことです。認めたら退陣、解散総選挙をせざるを得なくなります。そうなると、泥沼化するのは目に見えてます。
国分太一が謝罪したのはこのまま沈黙すれば引退に追い込まれるのが関の山だからです。そうなるとさすがに謝罪せざるを得ない。失うものの方が大きいからです。なんだかんだ言って芸能人という地位が惜しいのだと思います。
そもそも、具体的に何をしたのか?
中居正広の場合は謝罪だけではもはや済まされないレベルだから引退せざるを得なかったのだと思います。国分太一とはレベチだったのではないでしょうか?国分太一は謝罪できるだけマシだったということです。
別に謝罪そのものには対して意味はないと思います。謝罪とは一種のパフォーマンスですから。犬がお座り、お手、チンチンするようなものです。意味はないです。ただそうさせてるだけですからね。
高市早苗が謝罪しないのは謝罪したくてもできないからです。謝っちゃえばいいじゃん、なんて簡単にはいかないと思います。
中居正広は謝罪で済ませたくても謝罪では済まされないからできないのです。高市早苗に似てると思います。
創価学会的には学会員でもある中居正広は謝罪程度で済ませたいのだろうし、高市早苗には謝罪させたくて仕方ないのでしょうけど。そうはいかんざき、なんですね。
松本人志は謝罪もしてないのになぜシレッと復帰できたのでしょうか?
松本人志の万博終了後の復帰は既定路線だったからではないでしょうか?ダウンタウンは吉本を代表して大阪万博のアンバサダー的な立場でしたから。とりあえず、万博会期中は波風立てずに死んだふりしてもらった。終わったら舌の根が乾かぬうちに復帰した。まるで、石破茂に代わって高市早苗が自民党総裁になったようにね。
だめだこりゃ。野田も野田だわ。
ひとは上に立てば立つほど謝罪できなくなります。天皇陛下の玉音放送がなぜ重いのか。天皇が謝罪させられたからに他なりません。別に天皇が戦争責任を負ったわけではないんですけどね。天皇は極東軍事裁判にかけられてませんから。
ぺえぺえがいくら謝罪したところでそんなのマウント取りにすぎないのです。意味などありません。単なる憂さ晴らしですよ。そんなの実にくだらないと思います。
国分太一の謝罪は単なるパフォーマンスです。松本人志は上級国民なので謝罪などする必要がなかった。高市早苗はそもそも謝罪できる立場ではなかった。ある意味、中居正広みたいなものだった。
謝罪そのものは復帰に際して形式的なものに過ぎないので意味などございません。いまさらジローだと思いますけどね。TOKIOはすでに空中分解してるし、鉄腕DASHにしてもすでにオワコンじゃないですか。よくここまで引っ張ったなと思います。
デビュー当時の手越祐也。もしも、デビュー当時に戻れたら。
芸能人はいいよね。適当にパフォーマンスするだけで、そこらへんのひとが一生かかっても稼げないほどのマネーがもらえて。
ブログで他人のふんどしで相撲なんてとったところで単なる憂さ晴らしにすぎず、一円にもならないけどね。
自分が満たされない暇人だと周囲にアピールしているだけですから。実に虚しいだけだと思います。
インスタで幸せアピールしている陽キャの方がよほどモテますよ。それが虚構であったとしても。






