いくらなんでもここまでは酷くはないだろう。流石にこれは言いすぎではないか?


確実に緩やかな破綻になりますね。


まるで未来日記みたいなブログ。

bloggerを自称するのであれば、これくらいクリティカルなことを書くべきだと思うのです。


正義感と狂気は紙一重ですからね。

これくらいならばまだ笑えるんですけどね。

藤井風を渋谷のタワレコで見かけたことがございます。新曲のプロモーションとかで握手会をやっていたみたいですね。


藤井風って知ってますか?歌手だそうです。

このひと一体誰やねん。いかにも大衆演劇の役者がすっぴんになったみたいな感じの人ですけど。梅沢富美男?

いや、藤井風でした。本人のインスタ画像ですのでなりすましということはないです。しかも、渋谷です。なぜにハチ公前なのでしょうか?インバウンド風のいんちき外国人みたいです。

インバウンド風な藤井風。


あばたもえくぼですからね。たかしのえくぼではないですよ?たかしって誰やねん。藤井隆でもないですからね。



推し活は飽きられたら終わり。既に飽きられてるものを推すやつはいない。まさにアリジゴクみたいな世界だ。興行的にも消耗戦になり、先細りしてしまう。


推し活とはテイのいい搾取に他ならず、文化的ではないのは言うまでもなく、健全な経済活動でもない。


大衆演劇も緩やかな破綻に向かってますけど。立て直すことはできるのでしょうか?


小室哲哉みたいにTMネットワーク的な戻る場所があれば立て直すことができるかもしれません。実家みたいな場所ですよね。


子ども部屋おじさんみたいなひとならばのうのうと生活することができるんですよ。のんだくれのアンポンタンだろうと。


実家もとっくにないひとならば立て直しなんて不可能なのではないか。もはや、生活保護くらいしか手段がございません。


さもしい顔して貰えるものは貰おうとか。

まあ、当の本人によってまさに日本国は滅びそうなのですが。


何を持ってして正しいというのか。誰が正義を語るかで全然中身が変わりますからね。


それは解釈の違いというよりも品性の問題だと思います。下品なひとは余計なことは言わないほうがいいし、人前に立つべきではないと思います。


大衆演劇の舞台くらいだったら別に品がなくてもいいのかもしれないけども。そりゃ、あるに越したことはないと思うけど、何もかも兼ね揃えているひとなんてそんなに多くはいないし、優秀な人は次のステップへと巣立つと思います。


いつまでものうのうと居座っているやつなんて大体無能、もとい、たいしたことないのですよ。優秀なひとほどすぐに居なくなります。憎まれっ子世に憚るといいますし。

国会議員みたいに木端ばかり寄せ集めたところでクソの役にも立ちません。ただひとが多ければいいという話ではないですからね。烏合の衆ではどこの国からも相手にされなくなります。世間から相手にされなくなったら終わりですからね。批判されているうちが花なのです。


前任者の石破茂は容姿や身なりだとかでいろいろ叩かれていましたけど。中身こそ重要ですからね。


大衆演劇はほぼ衣装で決まります。衣装が全てといっても過言ではないですけど。馬子にも衣装といいますし。中身には言及しません。それ言ったらおしまいですからね。


まともな大人ならば、衣装以上に発言が大事なのはいうまでもなく。それは政治家に限ったことではないです。

岸田夫妻とカナダの前首相。右にいるのはパートナーだそうです。


ケイティーペリーですよね。どこからみてもケイティーペリーだ。来航したんですね。黒船に乗って。


高市早苗ではなくて岸田に会いに来たというのが示唆的ですよね。まともな相手を選んでいるのだと思います。


岸田も増税メガネとか散々言われていたけど、まだまともでしたからね。誰と交流するのかというのも大事ですから。


それにしても、なぜか高市早苗にはあまり強い非難は聞かれないですよね。どういうことなのでしょうか?批判をどこかで堰き止めているのでしょうか?ダムみたいに。

正しいから非難されないなどとは思わない方がいいと思います。旅人よっちゃんも別に西園寺界隈からは非難されていません。


そもそも、旅人よっちゃんはいまや西園寺からはまともに相手にもされてません。それでも終身名誉顧問だと言い張ってます。もはや病気です。人間、逝くところまでいくと引き返せないのだと思います。戻れるうちに戻れば遭難しないのにね。


我が道をいけばいつか正しい道に向かっていけるのかな。そうとは限らないと思うぞ。


高市早苗は発言を意地でも撤回しないみたいですけど。そのとばっちりは全部国民が引き受けることになります。


一方で、モブおじひとりが山で遭難したところで別に界隈は痛くも痒くもないと思います。劇場ひとつも再建できないような雑魚など要りません。単なるジジイのファンタ自慰ですよ。


例えば旅人よっちゃん抜きでも西園寺は全然回りますから。むしろいないほうが円滑に回ります。なるべくなら来てほしくないです。キングボンビーみたいなものです。鬼ごっこにおける鬼みたいなものですからね。


顧問とはなんぞや。単なる常連客のひとりに過ぎないやつがアクティビストを気取ったところでキモいだけですよ。木川劇場みたいなものです。


大衆演劇も座長ひとりがいなくなっても実はまわる世界だと思います。実際、座長抜きでも公演することあるくらいですし。替えがきかない座長って実はそんなにいない。数えるくらいしかいないような気がします。それが大衆演劇の問題だと思いますけどね。スター不在こそ問題の本質です。


まあ、そもそも大衆演劇界のスターと言われても一般的にはピンと来ないとは思いますけどね。早乙女太一にしてもそれなりに演劇好きな人でないと刺さらないと思いますし。梅沢富美男ももはや大衆演劇のイメージはないですよね。仮に一夜限りゲストとして呼んだところでそこまで宣伝効果はないと思います。


歌舞伎町劇場も小林幸子をアンバサダーだと称して柿落としの際には呼んだのですけどね。一体、なんだったのでしょうか?


スーツや西園寺だって鉄道ファンでYouTube観ている界隈でしかおそらく知らないと思います。それでも、大衆演劇界隈よりかは稼いでいるとは思いますけど。今のところは。


そんなことより、高市早苗如きを首相に据えるくらい自民党は人材不足なのか。自民党をぶっ壊した小泉純一郎の責任もあると思います。右傾化が進み、後継者が乏しくなりました。ポピュリズムこそ問題の本質です。


中国が悪いわけでも生活保護が悪いわけでもございません。憲法も外交も制度も運用の問題です。誰がどう捉え、どう扱うか。それが全てです。


扇ひとつ持たせても誰が扱うかによって全く違ったものに見えますよね。池田大作のことは言ってませんよ。大衆演劇の話です。まあ、似たようなものか。

下手なやつに人前でスピーチや討論させてはいけないということです。ボロが出ますから。ちゃんと勉強して鍛錬を積んでる人でないと話す価値はないのです。


ブログ如きでもそれなりに思考しないとまともなことは書けないと思いますけどね。落書き程度のことしか書いてないくせに妙なプライドを持ったところで誰からも相手にされませんよ。


芸能人だったら別にしょうもないこと書いても注目してもらえます。しょこたんにしても、松居一代にしても。その人がなにか発言したというだけで話題になりましたから。


政治家にせよ、タレントにせよ、背後には様々なものが動いているのです。陰謀論ではないですよ?広告代理店だとか、スポンサーだとかね。大衆演劇はスポンサーの力が弱いのです。結局は金次第なんですよ。

ところで、松居一代のおちんちんシールっていまどうなっているんですか?


松は日本からも船越英一郎からも卒業したらしい。

日本を離れてニューヨークでセレブな生活をしているらしい。日本から脱出していた。

投資家が住むマンションに住んでいるのだとか。


松居一代でさえ日本を捨てて海外に逃亡した。それくらいやばいっていうことなんだろうな。ヤバい人が逃げ出すくらいだからね。