以前、コモディティ化について書いたことがございます。

どりこのって知ってますか?戦前に爆発的人気を誇った飲み物です。今ならば類似品がたくさん発売されるところですね。


大衆演劇みたいにレシピは門外不出だったので、レシピを作った人の死亡とともに喪失してしまいました。跡取りのいない町中華みたいなものですね。


カリスマ予備校講師の名物講義みたいなものです。伊藤和夫など例外を除けばそのメソッドは講師引退とともにほぼ喪失してしまいます。儚いですね。

本田圭佑曰く、サッカー界はコモディティ化によって日本代表は欧州強豪との差を縮めたとのこと。


かつて欧州のサッカーを日本人が観る機会は限られていたが、今ならばネットなどで好きなだけ観ることができる。勤勉な日本人選手はそれを見て技を盗み、日本代表が強くなったと言われています。


それはかつて大教室を満員にして受験生を魅了して止まなかった予備校講師。彼らもまさに講義のコモディティ化によってオワコン化したのではなかろうか。


かつては予備校の教室でしか受講することができなかった授業も今やネットなどでいつでもどこでも受けられるようになりました。


コモディティ化のはじまりは90年代の衛生授業、とりわけ代ゼミのサテラインの果たした役割が大きいと思います。


全国津々浦々、どこでも本部校の授業を受けられるようになった。そのシステムを丸々パクって勢力を拡大したのが東進ハイスクールです。


東進ハイスクールはいち早く生授業から衛生授業にシフトして代ゼミのパイを侵食しました。少子化も相まって代ゼミが築いたカリスマ講師による大教室でのマス授業は崩壊します。


トドメを刺したのがリクルートのスタサプ、学研プライムゼミ、そしてただよびなどといったサブスク形式の配信授業です。もはや、割高な予備校に行く価値がかつてに比べると失われてしまった。


代ゼミが推進したサテラインによる授業のコモディティ化が東進、そしてスタサプなどの小回りが効く新興勢力によってさらに先鋭化し、授業の切り売り、コマ割りによって代ゼミを追い抜いてしまった。


代ゼミのオワコン化は少子化とコモディティ化によって完遂されてしまった。


かつて大教室を沸かせたようなエネルギッシュな予備校の授業は今はもう観ることができない。それは少子化だけが原因ではないのだ。

翻って、大衆演劇はどうだろうか?


大衆演劇は未だに基本的には芝居小屋まで行かないと観ることができないクローズドな業態である。


それゆえ、観劇するのは毎度お馴染みの特定のファンでのみ固められ、固定ファンの多さイコール集客力となっている。


一見すると集客力のある劇団も、よく見ると劇場まで通ってるファンはほぼ固定化されているといっても過言ではない。つまり、今以上、これ以上は増やそうにも増えようがない。頭打ちというのが実情である。ご新規はほぼ見込めないのだ。


それならばいっそネットでばんばん配信して拡散した方がいいのではないか。


大衆演劇のコモディティ化を促進させる。劇団美山や都若丸を他の劇団もパクリまくればもしかしたら大衆演劇の動員が一時的には増えるかも知れない。


ただし、代ゼミ講師がきょうびオワコン化したみたいに人気劇団のオワコン化を促進してしまうかも知れないが。


大衆演劇は基本的にケチくさい業界なので、芝居を撮影してネットに載せることは厳禁である。舞踊ショーでさえ動画は基本的に禁止で、写真さえ制限する劇団が増えているらしい。


そうなると結局は今以上、これ以上拡散することもなく、低空飛行を続けていくしかないのではなかろうか。


まあ、ネットで公開したとして、何がバズるのかはわからないけどね。狙ってバズるものではないし。


ポスト梅沢富美男は多分望めないだろう。それならば、バズることにワンチャン賭けてみるというのもアリなのかも知れない。


西園寺はYouTubeこそバズっているけど、旅人よっちゃんみたいな黒歴史は拡散されることもなく、うまくマスキングされている。なので、大衆演劇も黒歴史だとかそこまで気にしなくてもいいのではなかろうか。


西園寺からは徹底的に存在を無視されている旅人よっちゃん。それをいいことに未だにしたたかに鉄道界隈のショタハンティングをしている。


大衆演劇はネットで拡散しない。中で何が行われているのかもよくわからないし、結局は固定ファンの集客頼みになっている。


実は芝居の演目だとか、舞踊ショーの曲目などはほぼコモディティ化してるんだけどね。どの劇団も似たようなものばかりやっている。


それでも拡散しないというのが大衆演劇の限界であり、オワコンたる所以なのだ。


代ゼミも決して河合塾や駿台、東進に講師で劣っているわけではないのにね。なぜか四番手以下みたいになり、後塵を拝してる。


まるで劇団花車みたいや。かつては業界トップを里見要次郎と競っていたのに。電飾ショーも一本釣りも花車が初めたらしいけど、いまや他の劇団でも見かけるものだ。コモディティ化というやつ。


こればかりはどうしようもないのか。カリスマ講師というかつての強みが今や代ゼミの圧倒的な強みではなくなっている。代ゼミでなくても別に人気講師はいるのだ。東進の安河内でもいいし、スタサプの関正夫でいいし、駿台の竹岡でもいいし、なんだったら今井宏でもいい。


代ゼミは代ゼミでなければダメというキラーコンテンツが必要なんだと思う。かつてのツッチー、金ピカ先生、西谷昇二、吉野敬介、むっちゃん、みたいな。そんな時代ではないのかも知れないけども。コンプライアンスとかあるからね。


大衆演劇もキラーコンテンツが必要なのはいうまでもないけど、コアなファンでもそもそも飽きてる、飽きられてる業界だからね。結局どこか惰性で観てるのは否めない。


大衆演劇は惰性から抜け出さないと未来はないと思う。


どうせ暇なんでしょは大衆演劇に対する特大ブーメランなのだ。暇だから来いじゃない。そもそも、大衆演劇が退屈なのだ。役者がいい加減なことをすれば暇に拍車をかけてしまう。


暇なんでしょは大衆演劇に対する冒涜というよりも、アイロニーであり、シニカルな目線なのだ。それ言っちゃおしまいよというやつなのだ。


それを、よりによってカムイごときがいうのかという話なのでR…


ほんじゃ。