千住寿町。ここにはキングオブ銭湯と呼ばれた大黒湯があった。


昭和四年に建てられた破風の立派な屋根が特徴的だった。破風の屋根とは関東大震災の復興に際して宮大工が建てたとされる銭湯の屋根で、当時のトレンドだった。


銭湯が生活のインフラだった時代、銭湯のシンボルのひとつだった。

令和三年六月末に閉店、破風の屋根は千住にある安養院に移築された。

大黒湯の跡地は駐車場になっている。ここにはかつて町のシンボルのような銭湯があった。

千住寿町にあった寿劇場はこの公園のあたりにあったらしい。昭和50年1月に閉館した。今やなんの痕跡もない。大衆演劇は何も残さない、何も残らないのだ。

現在ではマンションになっているという。たぶん、このマンションだろうか。淡いグリーンのマンションだ。

大衆演劇の劇場よりもマンションにした方が儲かるというのはこの当時から本質的には変わらない。


千住寿町にある銭湯に置かれていたチラシ。響ファミリーという篠原とはまた違うエンターテイメントとしての大衆演劇らしい。

チラシには新宿歌舞伎町劇場のもうひとりのアンバサダーに就任していたはずの花園直道も写っていた。


京都にできるらいぶ座は3,000円は高いというが、こちらはS席で7000円である。まあ、一回ぽっきりの公演ではあるが。大衆演劇でも座長大会と称して10000円以上取るぼったくり公演があったりする。ホテルでディナーショーをやってた劇団もあったっけ。


大衆演劇でディナーショーとか。場末の温泉ホテルに行けばそれこそ毎日公演やってるのに。


箕面の大江戸温泉は大衆演劇をやめてしまったけども。センターの脱大衆演劇という流れは止まらない。


千住寿町から大衆演劇が消えてもう半世紀になる。当時二十代だった人たちは既に後期高齢者である。大衆演劇は風化しつつある。


数年前、梅沢富美男が駅前の丸井にある劇場で公演をやっていた。兄の梅沢武夫を最後に観たのは北千住の劇場だった。


かつて宿場として栄えた北千住は現在では都内屈指の人気住宅街となっている。都心へのアクセスが良いのがその理由だ。ここに大衆演劇の劇場があったという記憶は残ってない。すっかり上書きされてしまった。


つくばエクスプレスも開通し、浅草まで一本で行ける。寿劇場は浅草木馬館へと引き継がれているが、現在の大衆演劇はかつてのそれとは様相が異なる。


かつて大衆演劇は芝居のみだったという。歌や舞踊などは芝居のおまけだった。いまや芝居は公演の三分の一にまで圧縮されてメインは舞踊ショーと送り出しになっている。芝居がおまけなのだ。


今の大衆演劇はゾンビみたいなものだ。半世紀ほど前に喪失した亡骸を着ぐるみのようにしながら辛うじて運営している。


かつて下町の労働者や職人の娯楽だった大衆演劇が推し活みたいになっている。役者を追いかけて客が旅することで持ち堪えている。


大衆演劇は役者が町に来るものだった。いまや、客がはるばる遠く離れた劇場まで訪ねて行くものになっている。


大衆演劇関連のブログで芝居に言及するのはひと握り。大半は舞踊ショーの写真を撮ってそれを載せてるだけである。


芝居よりも舞踊ショーの衣装がメインになっている。写真映えする衣装か否か、それが大衆演劇の見所になりつつある。芝居はおまけなのだ。


さらにいうと舞踊ショーも似たり寄ったりになりがちだ。どこから聞きつけるのか、他の劇団もすぐにパクるらしい。舞踊ショーで写真動画撮影を禁止する劇団が中にはあるらしいが、その理由のひとつはパクられるからだと言われている。


かつて代ゼミ講師の中にはサテラインを拒否した講師もいたらしい。自分の講義がパクられると思ったのかも知れない。ある意味、大衆演劇に近いものだった。


あと、写真だと粗が出るからね。写真を撮ることがメインになって、全然観てない客も多いらしい。実は舞台など観ちゃいないのだ。役者を応援しているのか、潰しているのか。よくわからない。


数学ヤクザが聞いたら、「金払ってるから何してもいいんだ」なんてブチギレそうである。中には名指しで「おまえにだけは来てほしくはない」なんて言いたくなるような客もいるという。


役者も役者だが、客も客なのだ。大衆演劇とは目くそ鼻くそ、それが大衆演劇たる所以である。


かつては客席の客と舞台の役者が喧嘩することもあったという。客と役者は抜き差しならぬ関係だった。今やそんな緊張感はない。客は写真撮ってるか、スマホ弄ってるか、寝てるかのどれかである。芝居を観に来てるのではなく、役者に会いに来ているか、仲間とおしゃべりに来ているのだ。


かつて劇場は銭湯のように社交の場でもあった。でも、芝居の最中は真剣に観ていたと思われる。それなりに。


今は芝居なんざ観ちゃいない。毎度お馴染みの演目ばかりで客は何度も観ているし、見飽きている。


まあ、演じてる役者が飽きてるのではないかという説もある。中には露骨に手を抜く劇団もあるという。終わりの始まりである。


客も役者もどうしたらアキアキしないか。キョウイチロウしないか。それが問題なのだ。


まあ、人気劇団はそれなりにモチベも高いので客も盛り上がっているのだけども。嘘でもいいから客が盛り上げるべきなのだ。もはやサクラみたいなものである。


ほんじゃ。