ボンバイエとはモハメドアリ戦がきっかけで広まった掛け声。やっちまえという意味らしい。

サナエボンバイエならば、石破茂や中道、リベラルをぶっ潰すという意味になります。

まあ、日本そのものがぶっ潰されたりしてね。

ところでこいつを見てくれ。こいつをどう思う?

もはや黒歴史のようなエッセイ。本人が書いたのか、ゴーストライターがいたのかはさておき。


池田大作の人間革命は志茂田景樹がゴーストライターとして書いたことは有名な話ではあるけど。


飲みィのやりィのヤリまくり。


なんか本人の妄想をまことしやかに書いてるようなエッセイらしい。昔から虚言癖はあったみたいだ。


高市鬱という言葉がまことしやかに喧伝されている。


高市早苗が首相でいることによって国民の中には少なからず鬱になってるひとがいるらしい。


まあ、わかる気がする。

今から四半世紀ほど前、森喜朗が首相だった時代からこんな感じだったらしい。

そして、ハギウダ菌。おそらく、萩生田の裏金が取り沙汰されていた頃の話だろう。

韓国では壺を壊して、日本では壺を守る。


高市早苗は一体、何を守ろうとしているのか?

そりゃ、鬱にもなるわな。


中道改革連合は野田佳彦と創価学会によって叩き壊されてしまった。


内部から野党をぶっ壊してその上に高市早苗がのし上がった格好である。


マスコミは野党が批判ばかりしていたから敗北したのだと嘯いている。


マスコミが忖度して仕事をしなかったのもその一因だろう。マスコミも共犯だと思われる。


体制に批判的なメディアをオールドメディアと呼ぶらしいが、日本では赤旗と文春くらいしか体制批判をしないので、そもそもオールドメディア自体がオワコン以前に息してなかったという皮肉。


あの朝日新聞でさえ大人しかったし。


批判するのはおかしいというけど、おかしいことはおかしいと言わなかったらそれはもはやマインドコントロール、洗脳ではないか。奴隷じゃないのよ、国民は。


そもそも野党側に広告塔なりアイドルがいなかったというのが敗因なのだ。


高市早苗をサナ活と呼んで、推しみたいに担ぎ上げていた中、それに対抗しうるライバルがいなかった。


中道改革連合のツートップじゃ推し活にはならんだろう。どこからみてもモブおじだったし。


せめて、山本太郎が党首になればここまで惨敗しなかったとは思うけどね。なぜにあのツートップで勝てると思ったのか?


創価学会のF票があれば楽勝だと思ったのか。いまやそこまで集票力もないだろうし。野党には微風だに吹いてなかった。


自民党は公明党抜きでも勝算あると思ったからこそ解散したのだ。そもそも衆議院では議席を減らしたとはいえども全くピンチではなかった。よほど、統一教会絡みの質問を国会でされたくなかったのだろう。それならば議会をぶっ壊して、議論の場そのものを変えてしまおうと考えたのではないか。


高市早苗は博打に勝ったのだ。野党の切り札が中道改革連合だったというあたりが残念すぎる。なぜに創価学会と組もうと思ったのか。たまきん無理ならば創価でいいとか選挙をなんだと思っているのか。


昔、創価学会の女にナンパされたことがある。ハニートラップというやつ。創価学会の女はなかなかの淫乱で、何人もの男を誘惑していた。宗教ってそういうきらいがあるからな。ハニートラップとか意外と常套手段のような気がするのだ。


統一教会が高市早苗を切り札に使ったように宗教とはなかなかエゲツないやり方を仕掛けてくるのだ。


それにしても今回の選挙で高市早苗を支持した国民。大丈夫だろうか?マルチビジネスとかホイホイ引っかかりそう。マルチビジネスも宗教もハマりすぎると人生壊すからね。家族も友人も社会的な信頼も全部失う。


マルチと宗教は麻薬みたいなものである。ひとを不幸にすることはあっても幸せにすることはたぶん、ない。幸せめいた幻想は与えてくれるだろうけども。


ジャニーズもディズニーも幻想だと思ってる。エンタメとして楽しむくらいならば構わないけども、ヲタクになるのは危険だ。五里霧中になり、やがて何も見えなくなるからね。酒は飲んでも飲まれるなという話である。


リベラルが悪いとよく言われる。日本人の間ではとかくリベラルが槍玉に挙げられがちである。


リベラルとは体制批判であり、他責思考の権化なのだから、そういう態度や考え方が危険であり、良くないという発想そのものが思考停止であり、前提として間違っているのではなかろうか。


体制批判が悪いと言いつつ、改革は体制側が牽引するべきだというのがそもそもの間違いではなかろうか。


さらに、他責思考は良くないと被せてくるわけだ。悪いのはあなたなのだから、変わるべきは相手ではなくてあなた自身だという。


それの合わせ技の帰結、それが大勢順応主義であり、安定こそが正義という事なかれ主義に繋がる。


結局、安定を求めて高市早苗を選んだのであれば、その安定とは体制が用意したものであり、それがあなたにとっての安定でも安心でもなかったとしたら一体どうするのだろうか?


詐欺師の論理でもって誠実さや公正さ、公明正大を訴えたところで、それが万人にとっての正義になり得るのだろうか。


おかしいことをおかしいと言えなくなった時点でおかしいと思わない方がおかしいのではないか。


何が間違っているというよりも、そもそも裏金議員を公認したり、解散した本人に白紙委任状を渡せというような選挙という時点でおかしいと気がつくのが良識だと思うのだ。


にも関わらず、真正面からぶつかるのではなくて、立憲民主党はかつての自民党長年のパートナーであった公明党とくっついてしまった。自民党も公明党も共犯であるのはいうまでもない。


なんじゃそりゃ、という話である。


自民党がおかしくて公明党がまともだなんて思い込んでるのは創価学会員くらいしかいないのだ。


しかも、脱原発、自衛隊合憲、そして改憲には条件付きで賛成と選挙のためならばと一斉に手のひらを返してしまった。


それはもはや中道ではなくて中途半端な第二自民党ではないか。


維新の会や国民民主党とどう違うのか。そんなジェネリック与党みたいな野党、存在価値あるだろうか。それならば別に高市早苗で良くね?


政策論争もしない、うわべだけ批判して、本質的には言ってることは似たり寄ったり。


要は弱者を切り捨てて、強者の論理でこの国を回したいだけである。


公明党は本質的には強者の論理だからね。弱者救済のための宗教では決してない。


仮に経済困窮したとして、創価学会はなにも救ってはくれない。そこはあくまでも自助だから。自民党と共に公明党が経済格差を推し進めていったという事実から鑑みてもそれは揺るぎない本質だと思うぞ。


創価学会が貧困を救うというのであれば若者はばんばん入信したはずだ。信者が高齢化しているという事実がそれを如実に物語っているのではなかろうか。


かといってチームみらいがその受け皿になるとも思えない。イギリス在住でそもそも日本に住んでない党員がいることでも話題になっているけども、それはつまり、日本のことなんて端から当てにしてない。リスクヘッジを考えたら日本に住んでいることは危険である。海外にいた方が安心だと暗に仄めかしているのではないか。


実際、高市早苗は円安でホクホクとか言ってるくらいだからな。いざとなれば資産ごと海外に逃亡するべきだと言ってるようなものである。


まあ、資産家の間ではコモンセンスなのかも知れない。日本から逃れられないという時点で積んでいるのかも知れない。


いずれにせよ中道改革連合は失敗である。なるべくして、なるようにして失敗した。もしかして、野田佳彦は確信犯的にぶっ潰したのではなかろうか。かつて、民主党をぶっ潰して安倍晋三に消費増税を手土産に政権を禅譲したように。


今回は立憲民主党をぶっ潰して改憲の道を切り拓いた。犠牲者は立憲民主党のボンクラな議員どもよりもむしろ、物価高や貧困に苦しむ国民だと思われる。


まあ、そもそも立憲民主党の党員もマイノリティや貧困に対してどこまで誠実に向き合っていたのかといえば甚だ疑問ではあるが。


パフォーマンスだけのダイバーシティ、それが立憲民主党だったのではないか。その成れの果てが中道改革連合である。


中道改革連合というネーミングセンスのなさ、そして、ツートップのビジュアルの地味さ、全てにおいて中途半端。


中途半端連合、厨二改革連合とでも改名した方が合ってると思う。


リベラルが敗北したというよりも、そんな中途半端な志で国民に何か訴えようとして、一体誰の胸に刺さるというのか。誰に届くというのか。


同性婚だとか夫婦別姓以前に、生きていけるかどうか瀬戸際の国民があると思うのだ。そういう人たちに偽善ではなく、えせヒューマニズムでもなく、真摯に耳を傾けるような政治家がひとりでもいただろうか。


半端な偽善は悪に屈するのではなかろうか。それが答えなのだと思う。

まずは高市早苗だな。国民ボンバイエ。