はじめて死にたいと思ったのはいつだろう。
それは まだ「死にたい」という言葉ほどの 鋭さはなく もっと別の感覚だった。
お風呂で のぼせたときのような 気を失う数秒前のような
体が感覚を失って グミになるような そんな感じ。
ただこのまま 体がなくなってしまえばいい。
このまま 溶けていきたい。
そんな感覚。
ハーゲンダッツのカップが 手のひらの温もりで とろけていくように
そんな風に 温もりで溶けて消えてしまいたいと。
そのとき私は確か 9歳だった。
体中が 筋肉痛をひどくしたような痛みに おそわれていた。
布団の中でただ 丸くなって 羽毛ってなんて優しいんだろうと そんなこと思っていたと思う。
お母さんが この布団みたいに 優しかったらよかったのに。
何度も叩かれた頬は 赤く腫れて ジンジンとした火照りが続いていた。
マンションの廊下側に面した窓からの 冷気が 顔に当たって 頬の熱を確かに感じさせた。
寝返りを打つには 身体が痛すぎた。
少し頭を動かすと 頭皮がヒリヒリした。
母は私の髪をひっぱって 部屋中引きづりまわした。
横たわったまま床に目をむけると 自分の髪がたくさん抜けて 散らばっているのが目に入る。
怒られた原因は何だったか 今は思い出せない。
でも たいてい怒られる原因は 私の嘘のせいだったから そのときもそれが原因だろう。
私はオオカミ少女だった。そして 私の嘘は9歳にしては上手だった。
でも大抵の場合 嘘は重ねるごとに 下手になる。
そして最後は母にばれた。
すると 私はボロ人形になるまで その罪を身体に受ける。
それが私の日常だった。
どうしてそんなに嘘をついたのか 分からないけど、
とにかく必死だったのは覚えている。
母は嘘をつくから ひどい目にあうと いつも私に罵声を浴びせていたけれど、
私は知っていた。
嘘以外でも 母を怒らせてはいけないことを。
テストは満点に近い点数を取るべきだということ。
宿題を忘れると 恥だということ。
モノをなくしてはいけないということ。
友達は多くないといけないと いうこと。
クラスで浮いては いけないということ。
母の自慢の娘でなくてはいけないということ。
片親だからと 人に思わせてはいけないということ。
喘息の発作を起こしては いけないということ。
風邪をひいては いけないということ。
つまりは 面倒を起こさず 良き娘でいることがとても大切だ。
人様に笑われず 後ろ指を指されない 娘でいなければいけない。
母の思う 後ろ指を指されない娘 というのは 9歳の私が演じるには
なかなか難しいキャラクターだった。
私は喘息もちで 季節の変わり目にはいつも 入院していた。
春夏秋冬 年4回。一ヶ月から二ヶ月は 大学病院にいた。
計算すると 年に半年は病院にいた。
学校は嫌いだった。 補欠要因のような私が クラスで友達が出来るわけもなく
当時の私は なんとか輪に打ち解けようと 必死で 空回りしていた。
親戚に占い師がいるといった 眉唾な話をしては クラスメイトの注意を引いた。
一時は私の周りに 輪が出来るが、しばらくすると その輪の大きさ以上に友達は遠ざかっていった。
9歳のわりに 私はバカだったんだと思う。
子供同士にも 人間関係があって 3年生にもなると 嘘で注意をひく子なんて
くだらないと思うほど 女子が大人になっていることを知らなかった。
今 振り返ると 数ヶ月おきに会っては別れる人間関係では 何も気づけなかったのかなと思う。
勉強も嫌いだった。学校にあまりいけないから 母に教わることが多く
それはとにかく 恐怖の時間だった。
とにかく怒られたくない。殴られたくない。
母の顔色を伺ってばかりで 私はいつも分かるふりをした。
母に「分かった?」と聞かれて 「分からない」なんていうのは オオバカだ。
なんで分からないのかと殴られるだけなんだから。
でも家でやる 練習問題も 授業も テストもぜんぜん 分からなかった。
「分かったって いってたじゃないか! この嘘つき!」
鬼に変化した母は 私の背中を 延長コードの束で叩く。
ビニールの絶縁体が 風を切る ヒュッ ヒュッ。
規則正しい その音を聞きながら 私はなんとか時間をやり過ごす。
背骨に当たるととても痛いので 母に分からないように少しずつ 鞭を受ける場所を変えていく。
頭を強く痛めると 本当にヤバイと子供ながらの知識で知っていたので
罰を受けるときは いつも頭を手で抱えることにしていた。
ごめんなさい ごめんなさい ごめんない ごめんなさい
頭を抱えて ひたすら叫び 謝る。
それは何時間も続くこともあれば すぐに終わる日もあった。
母が私をいたぶるのに 疲れて自室に戻ったあとは 静寂と痛みが訪れる。
殴られたり つねられたりしている間というのは さほど痛みを感じないから不思議だ。
洗面所で顔を洗う。涙と鼻水でグチャグチャな 顔を鏡で見ては
自分はなんてみすぼらしく 醜い娘だと 私は思っていた。
それから 投げつけられて割れた破片 中でもプラスチックやガラスは踏むと痛むので
ゴミ箱にいれた。
ゴミ箱はいつも満杯で 破片を捨てる前に そこからゴミではないものを取り出さないといけなかった。
おばあちゃんに貰ったネックレス。 別れたお父さんから貰った 人形。
死んだおじいちゃんから貰ったオルゴール。鬼ではないときの 優しい母が
私に買い与えた 洋服やカチューシャなど 素敵なものたち。
怒りくるった母は 私を罰するために 私の大切なものを全て奪おうとする。
それらを拾ってはクローゼットの奥に隠した。
それもまた見つかると 罰せられるのに 私にはそれを捨てられなかった。
母の思いどうりにはならない自分。
ほんの少しでもいいから そういう自分が必要だったし
それが私を失わない方法だと知っていたから。
子供部屋はもうグチャグチャだったけど もう明け方近くなので
眠らないといけない。
「いいかげんに寝ろ!このクズ!」
母も最期にそう言っていたのだから 早く寝ないと。
ベッドの上に散らかったものを床に落として 布団にもぐりこむ。
明日学校から帰ってきたら 片付けよう。
冷たい布団が自分の体温で 温まってくる。
眠る前のそのまどろみの時間は とても優しく心地よかった。
柔らかい お布団とフカフカの枕はいつも 私に安らぎをくれる。
なぜか笑みがこぼれるくらい その瞬間私はとても やすらいでいた。
こういうのが幸せなのかな。
そう思う。なんてオオバカな9歳の私。
幸せなわけがないのに。
幸せじゃないから クスクス笑いながらも 涙が止まらなかったんじゃないか。
そして このまま朝が来なければいいのに。
この時間が永遠に続けばいいのに。
このまま 溶けてしまえばいいのに。
そんな自分に対する 淡い殺意を抱えて 9歳の私は眠った。