人間の土地 (新潮文庫)/サン=テグジュペリ
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 宗教や哲学が追い求める「生の意味」のひとつの回答がここにはある。
 
 生命にはそれ自身が持つ、本然(本能、役割、使命、幸福、解放、本質的な欲求、平和)を認識し、死を賭してそれを追求することが求められている。そこには強い欲求、飢えが伴う。本然への欲求がない生命は、未だ眠っているのだ。
 
 本然を満たしてくれるものは、人間それぞれで異なる。それは言わば未知の条件である。これは各人が苦労して人生を知らなくてはならないようだ。大抵の場合幼いころに誰もが、<運命=熱情>に出会うという。ただそれに気づいて活かすかどうかはその人次第なのだ。


 ガゼルは気楽で安全な人間の柵からの脱出を試みる。一見リスキーでバカらしく思えるが、ガゼルにとっては自然の中を走り回り、踊ることが彼の本然であり、生の目的である。それによって彼の生(死)は完成するのだ。たとえライオンに食われることになってもそれは本望である。むしろ価値のある生を全うできたと誇りを持って死ねる。

 

本然のためなら生命はその命を捨てられる。あらゆる冒険は世界を再認識するために必要な作業なのだ。生命、人間を繋ぐたったひとつの目的のために生は存在する。争いは馬鹿げている。個々人の本然の追求が重要なのだ。人類としては同じ方向性なのだから、違いを認めるべきなのだ。

 

 しかし著者は失望する。現実の世界は金属打ち抜き機によってみな同じ型にされてしまっているから。可能性が潰されているのだ。一人ひとりが可哀そうであると同時に、全人類、全生命の損失なのだ。これを著者は「モーツァルトの虐殺」という。

 

 完成された人間は、精神の風が土地の上を吹いた時に生まれる。同一であることの方がリスクだ。オリジナルであれ。本然を全うすれば人間ははじめて人間らしくなる。高貴であれる。フランスらしい<ノブレス=オブリージュ>の精神が息づいている。


 著者の本然は空を飛ぶことだった。人生の最後まで飛行機に乗り続けた。なるほどサン=テグジュペリの生き(死に)様は素晴らしい。




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