京福「常盤(ときわ)」駅の南約200mほど、住宅地の中にひっそりと佇むお寺がある。

 

 自宅の近くにあるので通りかかる度に気にはなっていたのだが…先日ようやく調べる機会が出来た。

 


 「源光寺といい、六地蔵巡りの一つ、常盤地蔵である。毎年8月22日、23日の六地蔵巡りでは多くの人で賑わう。」とのこと。


 門前には「唯一全国地蔵尊霊場会総合本部」と達筆でない文字で書かれた看板が掛かっている。

 ちなみに、源義経の母の常盤御前はこの地で生まれ、絶世の美女だったために、歴史に翻弄された数奇な運命を辿った。晩年この地に庵を結んで隠棲したとされ、境内に墓があるらしい。


 
+MILK


ちなみに俺は、京都に4年近く住んでいるにも関わらず、六地蔵めぐりなるものを知らなかった。


だから、毎年お盆過ぎの中途半端な時期に、この源光寺に多くの人々が参拝に訪れているのを見るにつけ


「なんでこんな小さな町の地味なお寺にこんなにも沢山の人が来るのだろう」と、いつも不思議に思っていた。



 京の六地蔵巡り とは…


 京都では、夏も終わりに近づいた8月22日、23日の両日、都の出入り口(街道沿い)六ヶ所に祀られた地蔵菩薩を巡拝して、罰障消滅、家内安全、無病息災、家運繁栄を祈願する「六地蔵巡り」がある。これは、800年もの京の伝統行事。



 さて、京の六ヶ所の出入り口(街道沿い)とは、
1.奈良街道・六地蔵の大善寺(
伏見六地蔵
2.西国街道・上鳥羽の浄禅寺(
鳥羽地蔵
3.丹波街道・桂の地蔵寺(
桂地蔵
4.周山街道・常盤の源光寺(
常盤地蔵
5.若狭街道・鞍馬口の上善寺(
鞍馬口地蔵
6.東海道・四ノ宮の徳林庵(
山科地蔵


 これら寺院に安置された木像地蔵菩薩立像(重文)は、平安時代の初め小野篁(おのたかむら) が一度息絶え冥土へ行き、そこで生身の地蔵菩薩を拝して甦った後に、木幡山(こばたやま)の一本の桜の大木から六体の地蔵尊像を刻み、木幡の里(大善寺)に祀ったもの。


 平安後期、都では疫病が流行していた。後白河天皇はこの地蔵尊像を深く信仰され皇位長久、王城守護を祈願。また、都を往来する旅人たちの路上安全・健康、さらに広く庶民に疫病退散、福徳招来をも願われて、保元2年(1157)都の出入り口に祀るよう平清盛に勅命。


 清盛は西光法師に命じ、街道の入口に六角堂を建て、一体づつ分置し。「廻り地蔵」と名付けた。これにより庶民に地蔵信仰が広まり、六地蔵巡りの風習が室町時代に始まったとされている。(なお、当初は木幡の里、四ノ宮河原、鳥羽の作り道、西七条 、蓮台野、深泥ヶ池、西坂本の7街道に六体の地蔵尊像を安置したとされ、現在の六地蔵の大善寺、四ノ宮の徳林庵、上鳥羽の浄禅寺、桂の地蔵寺、常盤の源光寺、鞍馬口の上善寺となったのは、江戸時代初期の寛文5年(1665)頃とか)


 地蔵菩薩は、私たちに最も身近な仏さま。昔から京の町々では、8月22日、23日の両日、町内の地蔵さま近くに集まり「地蔵盆」が催される。この時ばかりは、子供達は夏休みの宿題を忘れて楽しむ。地蔵菩薩は、子供の無事安全成長を守ってくださる子供の仏さまでもあり、「地蔵盆」は子供の無事成長を願う親の気持ち。これは六地蔵信仰に起するといわれる。


 地蔵巡りは、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)に迷い苦しむ全ての人々を救済するように願って祀られた六体の地蔵菩薩


を巡拝すること。六ヶ所の地蔵寺を巡り、それぞれのお寺でいただく(買い求める)幡をお守りとして玄関先に吊るすことで、疫病退散、福徳招来などのご利益があるとされ、家運繁栄など祈願し参拝する。また、新しい精霊の初盆には水塔婆供養を3年間すれば、その新しい仏様は六道の苦から免れるとされています。