ショーペンハウアーの「幸福論」のロビンさんによるレビューが面白かったので紹介させてください。
以下参照部分
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5つ星のうち 4.0 独特の論調, 2011/1/17
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ニーチェやトーマス・マンらが影響を受けたドイツの哲学者、アルトゥール・ショーペンハウアーの幸福論です。
『幸福論』という表題の作品はこれまでに、アラン、ラッセル、ヒルティのものを読みましたが、本作はそれらの中でも非常に独特の世界を持っていて、最も癖のある哲学に基づいているものだと感じました。
『幸福論』という表題の作品はこれまでに、アラン、ラッセル、ヒルティのものを読みましたが、本作はそれらの中でも非常に独特の世界を持っていて、最も癖のある哲学に基づいているものだと感じました。
他のレヴュアーさんも書いておられますが、本作で述べられる哲学はポジティヴなものではありませんし、主張もやや独断的で、極端なきらいが見受けられます。詩的というより散文的であり、テイスト的には、箴言家として有名なラ・ロフシュコーの作風と近いかもしれません(ロフシュコーは性格的には熱血漢ですが)。人間の本性に対する描写の辛さ加減は、イギリスの文豪サマセット・モーム並(激辛)です。
夏目漱石が『草枕』の中で、「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る」と言っていますが、この本を読んだ限りでは、ショーペンハウアーの哲学には画や詩のない人生みたいに悲惨なところがある(汗)という印象を受けました。そうした創作の幸福については、本書の中でショーペンハウアーも認めてはいるのですが、それらは才能のある人間に限られた幸福と定義しており、自分のような平凡な一般庶民はハブられているような書き方なので、どっちみち悲惨です。
しかし、哲学が「知っていると思い込んでいる事柄に揺さぶりをかける」ものであるとすれば、そうした機能は間違いなく持っている作品ですし、思考の基礎力の備わっている方には良い思索の材料となる本だと言えると思います。ヨーロッパの騎士道を風刺するくだりは、現代の東洋人が読んでも余りにピンとこない上に冗長で、読んでいてちょっと草臥れますが。
著者は、ストア派の哲学や仏教の無常観を基調として、基本的には「この世界は苦に満ちた世界」であると捉え(全ての仏教がそう捉えるわけではありません。例えば法華経では、人生は「衆生所遊楽」-つまり遊楽するためのものであると説いています)、「基本的に生きることは苦なんだけれども、その上でどうしたら少しは人生が耐えやすくなるか」を、様々な例を挙げて本書で述べています。
著者は、ストア派の哲学や仏教の無常観を基調として、基本的には「この世界は苦に満ちた世界」であると捉え(全ての仏教がそう捉えるわけではありません。例えば法華経では、人生は「衆生所遊楽」-つまり遊楽するためのものであると説いています)、「基本的に生きることは苦なんだけれども、その上でどうしたら少しは人生が耐えやすくなるか」を、様々な例を挙げて本書で述べています。
「事物の客観的・現実的なあり方がわれわれを幸福にしたり不幸にしたりするのではなく、われわれに対する事物のあり方、われわれの見方に映じた事物のあり方が、われわれを幸福にしたり不幸にしたりするのである」という言葉が象徴的に示すように、ショーペンハウアーの人生への対処法は、基本的には自分の心の感じ方をコントロールしていく事と言えると思います。これはアランやヒルティをはじめ多くの賢人が教えるところでもありますし、非常に有益な教えだと思います。ただ、彼らと違いショーペンハウアーの哲学には人間の善性や個人の能力差(「賢者とばか」「精神的貴族とぼんくら」等と表現される)に対しての強い不信感と諦念があり、「他者を尊敬し、他者に奉仕すること」を幸福に至る道と見ません。宗教性を排する哲学の辛いところなのかも知れません。
暴慢だったアショーカ王が戦争の災禍と悲惨を見て平和主義者になったように、「精神的庶民」が成長して「精神的貴族」になるということもあるわけですから、もう少し人間の可能性に言及してもいいのではと思います(まあ、権力を手に入れて逆に退化した例・サウル王とか・が更に多いと言われるかもですが)。
本作中でスイスの大教育者ペスタロッチにも言及されますが、それも「たとえペスタロッチであっても、人間の生まれ付いての精神的優劣はどうしようもない」と断じた文脈です。しかしヘレン・ケラーだって、サリバン先生がいなかったら人生が変わっていたでしょうし、優れた教育者との出会いが人間を良い方に変えることも決して少なくはない、真の教育には人間に良い影響を与える力がある、と私は信じます。
「同胞である人間を正しく認識するのは大切だが、その上でもし人間を軽蔑してしまったら、人生は地獄である」ということ-高い知性に恵まれれば恵まれるほど、人間の醜さや業の深さも鮮明に見えてしまうのでしょうが、「知性」に釣り合った「愛」を伴わない時人生は実に悲惨である、ということをしみじみ思わせられました。
が、後半(第5章)の「訓話と金言」は読みやすく、また「人生において知恵に次いで重要なものは勇気である」という言葉と、それに続く鼓舞激励の一節には感銘を受けました。
私はショーペンハウアーの哲学や生涯については詳しくありませんので、一面的な浅い理解になっているところはあると思います。この感想はあくまで本書を一読してのものです。
全体的に、この事柄について真剣に突き詰めようという空気がなく、ある意味生きることに余裕のある贅沢な人間の哲学という印象ではあり、かつペシミスティックな作品なので、読了後「よーし、いい本読んだな~!明日からまた皆と仲良く、明るく元気に頑張ろーうッ☆」とはならないところがあるかと思います(笑)。もし『幸福論』という本を本書しか読まれていない方がいらっしゃったら、ポジティヴ思考補給のためにヒルティかアランの『幸福論』と併読されることを個人的にはお勧めいたします。
本作中でスイスの大教育者ペスタロッチにも言及されますが、それも「たとえペスタロッチであっても、人間の生まれ付いての精神的優劣はどうしようもない」と断じた文脈です。しかしヘレン・ケラーだって、サリバン先生がいなかったら人生が変わっていたでしょうし、優れた教育者との出会いが人間を良い方に変えることも決して少なくはない、真の教育には人間に良い影響を与える力がある、と私は信じます。
「同胞である人間を正しく認識するのは大切だが、その上でもし人間を軽蔑してしまったら、人生は地獄である」ということ-高い知性に恵まれれば恵まれるほど、人間の醜さや業の深さも鮮明に見えてしまうのでしょうが、「知性」に釣り合った「愛」を伴わない時人生は実に悲惨である、ということをしみじみ思わせられました。
が、後半(第5章)の「訓話と金言」は読みやすく、また「人生において知恵に次いで重要なものは勇気である」という言葉と、それに続く鼓舞激励の一節には感銘を受けました。
私はショーペンハウアーの哲学や生涯については詳しくありませんので、一面的な浅い理解になっているところはあると思います。この感想はあくまで本書を一読してのものです。
全体的に、この事柄について真剣に突き詰めようという空気がなく、ある意味生きることに余裕のある贅沢な人間の哲学という印象ではあり、かつペシミスティックな作品なので、読了後「よーし、いい本読んだな~!明日からまた皆と仲良く、明るく元気に頑張ろーうッ☆」とはならないところがあるかと思います(笑)。もし『幸福論』という本を本書しか読まれていない方がいらっしゃったら、ポジティヴ思考補給のためにヒルティかアランの『幸福論』と併読されることを個人的にはお勧めいたします。
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参照終了
アマゾンの本のレビューって結構内容が濃くて、読んでいるだけで知識が増えますし、好きです。
byU