初めてひとり暮らしをした場所は、杉並区阿佐谷で、私は20代半ばだった。 上司が変わって、ありがたく色々勉強させてもらうようになり、仕事が忙しくなってきていたころだ。親元から通勤していたが、帰って寝るだけのような忙しさとなり、通勤時間を短くしたかったのが引っ越しの直接の理由だが、ひとり暮らしへの憧れもあった。多少の貯金もできていて、会社からの家賃補助もあった。

 JR中央線の阿佐ヶ谷駅は、新宿から三鷹方面へ10分ほど。 駅前は南北とも賑やかで、飲食店やらスーパーマーケットが並び、そこを抜けると住宅街が広がる。地元で長く愛されている居酒屋や小料理店がならぶ横丁もある。八難除けで知られる阿佐ヶ谷神明宮は駅から5分ほどだ。七夕まつりやらジャズフェスティバルなど、地域に根付いているイベントも多い。
友人を訪ねたことがその場所を知ったきっかけで、勤務先へのアクセスも、ほどよく離れてもいたのも良かった。

ちなみに地名は「阿佐谷」で、駅名は「阿佐ヶ谷」。古くからある表記は「阿佐ヶ谷」だが、行政表記として「阿佐谷」となった。「ヶ」が入った方が「アサガヤ」と発音してもらえると思うが、何ゆえにそうなったのか。

 かつて阿佐ヶ谷には、川端康成や太宰治など文学史に名を残す多くの文筆家が多く居を構え「阿佐ヶ谷文士村」と呼ばれていた。子ども時代に図書委員を歴任したり🏫、日本文学に親しみを持っていた身としては、その歴史も心をくすぐられたポイントだった。

 建物はアパートではなく、3階建て住宅の1階部分に2部屋作られていた。まだ新築の部類だったと思う。都心にほど近い場所での賃貸経営は、手堅い副業なのだろう。通りに面した駐車場の奥に玄関があった。入口は奥まっていたが、通路には観葉植物や季節の花の鉢が置かれており、明るく清潔に保たれていた。朝8時すぎに通勤のために外に出ると、時々水やりや掃き掃除をしている大家さんに遭遇して、社会人らしくちょっと立ち話などもしてみた。

 さて、引っ越しの挨拶。用意した定番のタオルを持って、お隣さんのチャイムを鳴らす。出てきたのは、大学生らしき男子一名。不動産屋さんに女性だと聞いていたので、お客さんかなと思い「こちらにお住まいの方はいらっしゃいますか?」と聞く。

「僕ですけど。」と答え。「女性の方と伺ったのですけど?」と言うと「いや、僕ですけど」。「あ…そうでしたか。引っ越してきたのでご挨拶に来ました。」とタオルを渡し、そそくさと部屋へ戻った。不動産屋さんに「大家さんは女性の入居を希望している」と聞いたのを、お隣も女性だと自分が勘違いしたのかもしれない。

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 お隣さんと私の生活パターンは違ったらしく、その後私が住んだ2年間、顔を合わすことは一度もなかった。生活音で在宅の気配は感じた。複数の本門者で賑やかなこともあったが、甲高い女の子の笑い声もたまのことだったので、不問に処した。しかし朝寝坊を決め込んだある週末、大きな音で飛び起きた。ドラムらしい。セットではなく、ドラムひとつとシンバルだけのようだったが、それでもとても了承できない。ドカスカ練習している。ノンビリ気分を害されて、不機嫌に壁をドンドンと叩いたら、伝わったらしく、すぐに止んだ。悪い人ではなさそうだ。それからも1,2回あったが「在宅ですよー!」と壁をドンドンしたら、その後聞こえることはなかった。大家さんに何か言われたのかもしれない。あの音はさすがに上にも響いていただろう。

なつかしくなってその場所をググってみたら、当該物件に行きついた。今もあの部屋に誰かが住んでいるらしい。お話し好きの大家さんは、今も花を育てているだろうか。すりガラスの外の塀は、まだ猫の巡回ルートになっているだろうか。その後、入居者募集の広告には「楽器演奏お断り」の項目が追加されたかもしれない。

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