2024年になりました。7月には凍結卵子の延長の費用を支払わないといけません。もちろん支払う気はありますが、はたして使う日は来るのか…。

 

最近の息子は、相変わらず元気に保育園に通い、家でもよく遊び、なにやらごちゃごちゃと英語で喋っています。日本に帰ったら、英語が喋れる先生が一人いるけど、基本は日本語の保育園に入れて、最初は英語でも話せるけど徐々に日本語メインになる様にしていこうかなと思っています。一瞬、このままインター保育園に入れて、そのままインターの小学校~高校まで入れちゃえば受験もなくなるし、最近お金持ちの人はひたすらインターに子供を入れているので、そっちの路線をねらっちゃう?!と思ったこともあったのですが、日本にいながら日本語を頑張らないと忘れてしまう環境にいるってどうなのと思い、やはり「普通」の環境で育てた方が良いのではという考えに今は落ち着いています。お金もかかるし。東京は高校無償化になったし。

 

さて、第二子についての考えですが、やっぱり今はそんなに欲しいと思っていないところで安定しています。今の生活が順調に幸せだと感じているからかもしれません。自分の仕事も持てて、自分の時間も持てて、子供にも愛とエネルギーと時間を、自己嫌悪にならない程度にたっぷり割ける、贅沢な人生を過ごしている気がしているからです。

 

年末には海外にずっと住んでいる留学時代の友達が私の住んでいるところに遊びに来てくれて、数日子供も一緒に周辺の観光にも言ったりしました。子供も友人に懐いて、帰った後も名前を呼んで、会いに行こうと私に言ってくるほど。

 

今年は更に2か所、夫は置いて子供と2人でこっちの国内(つまりは海外?)を旅行に行く予定です。これ、子供が2人いたら無理よね…。と思うと、今現在は子供1人を連れて楽々と一緒に旅行できる(本当に楽々かどうかは分からないが)人生に満足しています。

 

あと、最近なんとかグリコーマとかいう脳の病気についてなんとなくインスタを眺めているときに知ってしまい、子供を数か月後に絶対亡くすと突如として宣告される親の気持ちには耐えられないものがあるよな…と思いました。子供が亡くなってしまう時、一人っ子だったら自分の人生が終わる感じがするのですが、もう一人とか、数人子供が残っていたら、まだこの子たちの為に頑張らないとと思えると思うんですよね。そのために複数産んでおこう、とは今は思わないですが、子供が複数いることのメリット(?)だなと思いました。

 

最近は、私が欲しくて色々息子のおもちゃを買ってしまい、部屋の中がちょっとした小規模保育園並みに遊具がそろってきてしまいました。こんなに買い与え過ぎたらいけないか?と思いつつも、別に本とかボールプールとかブロックとかを買っているだけで、ゲームを買っているわけでもないので、まぁ良いかと思っています。