私が、健康に関する仕事をしているきっかけは、母の大病です。
母は、私が小学生の頃にリウマチを発症したのですが、最初は軽い症状だったため、小さかった私と弟には知らされていませんでした。
私の成長と共に、病状も悪化し、私たちも病気の存在を知ることになりました。ある時から急速に進行が進み、病名が「悪性リウマチ」に変わり、車の運転ができなくなり、杖や車椅子が必要になり、人工関節を入れる手術もしました。
私は進学のため上京、そのまま東京で働きながら暮らすようになりました。やがて弟も上京、両親2人での介護生活が始まりました。
薬の影響で鬱になり、言葉を発しなくなり、父と筆談でコミュニケーションしていた時期もありました。
生活を制限され、常に痛みと戦って、希望を持てずに苦しんでいました。
未熟な私は、鬱に対する無知もあって、母の大変さ、弱さを受け入れることができず、「どうして前向きになれないのか?父がこんなにがんばってくれているのに。」という気持ちを、時に母に直接ぶつけてしまうことがありました。
今思えば、一番、やってはいけないことだったんだなと思います。
そんなやりとりで、ぎくしゃくしたまま、母は病状が急変して亡くなってしまいました。
私の中に、強烈なやりのこし感が残ってしまいました。
また、「家族の心身の健康は、家族全員の幸せ」ということも痛感しました。
母の件に加えて、多忙な職場で疲弊する同僚たちに何かできないか?と考える機会があり、また感情的な自分にセルフコントロールの必要性も感じ、心理カウンセラーの勉強をし、道を模索しました。
なぜ心理カウンセラーにならなかったのか?という理由は、私が学んでいた心理カウンセリングは、主に鬱や引きこもり、不登校、ニートなどを対象にしており、自分のやりたいことと少し距離を感じたからです。
私の母は、病気で体が弱ったり、薬の影響で鬱になったりしましたが、今思えば、それ以前に、病気になりやすい生活習慣や考え方がありました。
・完璧主義で几帳面。楽しむより、苦しんでしまうことが多い。
・人目や、人に言われたことを気にする。
・好き嫌いが多く、食が細い。 など
私は、そんな母が嫌いではありませんでしたが、見ていて大変そうだな、と思うことは多々ありました。
病気になってしまう前に、悪化してしまう前に、何かサポートしてあげられることがあれば良かったなと思います。
その後、「病気になるもっと手前で防げないか」「日々の習慣づくりで人を元気にしたり、さらにパフォーマンスを良くしたい」と思うことが積み重なり、そのサポートに自分の役割を感じ、現在、エイジングケア アドバイザーとして活動するにいたっています。