“わからない”という言葉を一年か一年半ぶりに使いました。



お芝居の稽古中です。




本気でわからなかったんだと思います。




「僕は自分がどうしたいのかわからない」

「人にどう思われたいのかわからない」




そんな意味で使ったと思います。




最近自分でも薄々感づき始めたことに直面した瞬間でした。




ポロッと言葉が出てきたことが恐ろしく、でも、そのことで妙な安心感を得ました。




次が見えました。

ここ最近、友達からメールが来ると、




「実家に帰ります」




という内容ばかり…


今夜もまたダウンダウン




来年は30だもんなぁ~




節目か…






僕はまだ頑張りますショック!
今日のK・カンパニーの稽古は、自分が感動した話をみんなの前で話す、でした。



探さないと出てこないですね。



でも、勝然さんは

「大きなことではなく、些細なことも自分が気づけば大きな感動であることに気づけるようになる」



というようなことをおっしゃいます。



例をあげられると、確かにそうだなとは思いますが、今の自分では皆目見当がつきません。



“感動”という言葉に抵抗を感じているのでしょうか???




日常の出来事で嬉しく思ったり、怖さを感じたりします。



“心が動く”とき、感動があるのかもしれません。




これからそれを糸口に自分の感動を探していきます。