母は世間体では、重役夫人。
息子さんはよく分からないけど、娘さんは利発でご挨拶も感じよく、有名私立の一貫校に通っているとても良い子。
母の自慢ポイントは父と私ということでもう収まってました。
兄のことは無視。
ひどいですよね、暴力という一番の荒業で対抗している我が子を無視するって。
兄としては、親が悩み苦しむ姿が見たかったことでしょう。
どれだけ痛めつけられても、翌日には綺麗な格好をして、怪我を隠して、お出かけして高笑いしているのです。
兄的には耐え難い屈辱だったと思います。
私も、中学生になる頃には、もうそんな母に、「かわいそう」など微塵も思わなくなりました。
母が私を隣において、
あらゆる人に
「○○校でトップの成績なんですって?」とか言われて、
『特段に勉強などしてなくても、そういう成績ですのよ~
医学部目指していますのよ~』なんて言っている姿が、
心底おぞましく、
「価値のない人間がこの世にはいるのだ」と心の中で思いました。
私からすると甘やかされているその辺の子供とは訳が違う。
中1で人生を悟り、すでに何年も先を見越して取り組んでいるのだから、成績が良いのは当たり前だった。
遊びたい!や勉強したくない!、という発想は毛頭なかった。
いかに早く・より高みへ、この地獄から脱出するかが勝負なのだから・・・。
有名私学は学費も高いし、それなりの家庭の子が多いため、心底腹を割って話すことができる友達もできなかった。
青春も失った。
そして、私が思うに、医学部に行くことより、子供を例え中卒だろうと高卒だろうと、成績ビリだとしても立派に”自立させ・育て上げた”人の方が何億倍も偉いです。
我が子を守るという、動物の底辺にもたどりつけていない母親に、「死ねばいいのに」しか心の中には沸いてきませんでした。
けれど、表面上は、本当にお利口さんのお嬢様として過ごしていました。
表面的には友達にも恵まれていましたし、お金があったので好きなファッションなども自由に買ってもらえました。なので恵まれた環境であったことは間違いないですが、そういうお嬢様な私を演じていました。
母への憎しみがフツフツと湧き出し、嫌悪に変わっていました。
兄からうける暴力での肉体的な苦痛より、
意味不明な母からうける精神的な苦痛が大きくなっていきました。