バターでいためた人参に、ご飯でとろみをつけたポタージュです。
おいしいよ。
パセリとチーズのオムレツと
ナンプラーでつけたセロリ、パンの朝ごはんです
新宿に用があったので
伊勢丹に寄って、明日の差し入れお菓子を物色
かわいいものでまとめてみました
↓
おかきマカロン(薄いおせんべいの間にクリームが!)
紗々ら(ゆず)
サンタおかき
です。
そ・し・て
その帰りに買ってしまったの……
ジミーチュウのお財布。
ほしいほしいと思ってたんだけど
いいお値段だし、海外に行ったときとかに買おうかな~
でも、とりあえず手にとってチェック
と
売り場に寄ったら
やっぱり、使いやすそう。素材もいいし…
そして、この黒スタッズは定番商品じゃないから
はたして半年先とかに行った海外で出会えるかもわからないし
(そもそも、ロンドンじゃないと全品はそろわないらしいし)
お財布って、私は3~5年は使うから…
(今のももう、5年使ってるし)
と、いろいろ考えて
思い切りました。
クリスマスプレゼントです。自分へ![]()
シャンパン好きの同僚と
「会社の話を一切しない飲み会」をしよう
という話で盛り上がり
飲み会とはいっても、参加人数二人だけど
渋谷のVINの関係者(?)が出したらしい
シャンパンバーRM
に行ってみました。
VIN もそうだけど、美しいグラス
そして
期待通りおいしいシャンパン。
しあわせ~![]()
こんなおいしいものを知っていたら、人って
絶対自殺とかしないと思うんだよね~
と、本気で思う。
もう、これを飲めれば人生は上々と思って生きても、いいかもしれない
余談ですが
そこで同僚と、共通の知り合いの
「恋愛体質」男性の話で大盛り上がり。
55歳・独身(バツイチ)
もう一回結婚したい、とその手のサイトに登録し
これはと思う女性に500件アタックし
17件返事をもらい、17人に会い
そのうち1人(17歳年下)に決めて同棲を始め
近々結婚予定だという。
恋愛体質、強し。
「出会いがないの~」と嘆く婚活中の人々に
勇気を与える話だと思いました。
セゾン文化は何を夢みた
まだ半分も読んでいないのですが
セゾン美術館閉館のくだりを読んで、涙![]()
あそこ、好きで学生の頃よく通ったものです。
当時はバブルの残り香で、百貨店に美術館ってあちこちくっついていたけれど
セゾン美術館は明らかに他とは違いました。
読んで納得。
たとえば
旧ソ連時代に、ロシア・アヴァンギャルドの作品を紹介したいがために
ソ連の文化庁相手に交渉してたっていうのですから…
(で、アヴァンギャルドを1点借りると、もれなく社会主義リアリズムがついてくる…
のを同時展示って感じだったらしい)
まだ、エルミタージュ美術館にさえ、マレーヴィチが1枚も飾られていなかった時代だそう。
国が美術行政をやらないなら、セゾンがやるぞという意気込みだったということなのです。
すごいです。すてきです。
でも
99年に閉館しちゃうの。
確かに、いつ行っても空いてた印象はあります。
採算取れてないというのは明らかだった。
でも、この美術館は採算をとることが目的で設立されたものではなかったのだと思う。
そこで働いていた人達にも、それは第一優先課題として、下りてはいなかったよね。
だから、人を呼ぶことより、「あたらしいこと」に尽力した。
あたらしい価値を提供するための、
いわゆる企業としては、『メセナ』でよかったはず。
でも、バブル崩壊による百貨店本体の収益の悪化などもあって
(そしてきっと、設立当初とトップとその周りの考え方が変わってしまったこともあって)
幕引きが決まってしまったのでしょう。
そして
これを読んでびっくりしたのだけれど
幕引きは突然決まったのだそう。
最後の展示はアルヴァーアアルトで、
それももちろん、まだ建築ブームもきてなかった時代としては斬新だったと思うのだけれど
当時の館長は「もっとセゾンらしい終わり方があったと思う」と語っています。
(閉館が決まった時にはすでに、その時期のアアルトの展示が決まっていたのだそう)
ええ~
それだけのことをしてくれた美術館が
自分の散り際も決められないの!?
(もう、ここで号泣
)
ひどいよ~
あれから、まだ10年くらいしかたっていませんが
今や、現代美術の展覧会は人だかり。
先週行ったトランスフォーメーション なんか、若い子がいっぱいで、すごかったよ。
もしかしたら、今のその
豊かさは、今は亡きセゾン(まだ軽井沢にはあるけど)のおかげかもしれないよ。
種をまいた人のことを、忘れるな。
これから、現代アートを観るときは
私は必ず亡きセゾンに感謝しながら観ることにしよう。せめて。
昨年の直木賞受賞作。文庫で読みました。
けっこうな厚さがありますが
おもしろくって、あっという間に読破。
どこまで史実に忠実なのか、詳しいことは調べていないのですが
秀吉の、利休への思いは
かなり近しいものがあったのではないでしょうか。
時の権力者や
その周りにいるものたちが「美しさ」を知る者に
これほど嫉妬をしたというのであれば、驚きです。
現代で、
一芸術家に政治家が嫉妬をするなんてこと、あるでしょうか?
(まあ、利休は政治にもちょっと首を突っ込んだようですが)
もっと範囲を狭くして
たとえば一企業で、お偉いさん達が
現場のクリエイターに嫉妬するってことも、無い気がする…。
これが事実だとしたら
なぜ、あの時代にはそれがありえたのでしょう?
芸術と政治は、なぜそれほど密接だったのでしょう?
茶の湯の場が、政治的な密談の場でもあったから?
芸術作品の売買が、ときの経済活動の規模として大きすぎたから??