夕暮れのビーチは、何もかもが柔らかい。
 おひさまの光、波の音、そしてそこにいる人たちの表情までも。


 あなたが夕方時間を作るから会おう。と連絡をくれたのを理由にして、私は昼過ぎからこのひっそりとしたビーチの砂浜から岸壁に続く途中にある、お気に入りの大きな岩の上でごろごろしている。

 車で三分ほど走った場所には、賑やかな海水浴場が広がっているけれどそこから少し飛び離れたところに位置していて、海の家や自動販売機、それからトイレさえもないシンプルで何もないこの浜が大好きだといつも思う。海には余分なものが無ければ無いほど良い。それと、大好きな理由はもうひとつある。あなたと初夏に、ここで出会ったから。


 十六時を少し過ぎた頃、オナカを撫でる風を少し冷たく感じる。空高く広がった入道雲が、もうすぐ夏の終わることを誇示していて、少し寂しい夏の終わりのサンセット。


 ひゅるる、ひゅるるる、と群青色の空を旋回しているとんびが鳴く声に、車のエンジンの出す機械音が重なる。あなただ。本当は今すぐにでも走って飛びつきたいけれど、ゆっくりと立ち上がってから、ビーチサンダルを履いてあなたの方に向かった。

「どぉした?そんな格好で」
 電話に出る時も、私の顔を見た時も、あなたは尋ねるように、まずそう言う。その、優しい“どぉした?“を聞くたびに私は目を細めてしまう。

「今日も、焼いてたのよ。体」

「何だ、俺より黒いんじゃねぇか?最近」


 防波堤に腰掛けて潮風を浴びていると、岸壁に砕けた潮水がしぶきになって、ぱあっと頭上から降って来る。
 水平線に吸い込まれるように太陽が吸い込まれていくと、そこから海岸に向かって海面に一本の輝く光の道が出来て、きらきら瞬く。

「すべてが夕焼け色になるって、ハッピィだわ」

「お前の頭の中も、いつもハッピィなオレンジだろ?」

「あなたもね?」
「いやいや、俺さ、お前みたいに無邪気な大人の女知らねえよ」

「そっちこそ。あなたみたいにじじくさく落ち着いた若者知らないわ」

 にんまり笑うと、視線を落としてあなたは言う。
「なぁ…お前さ。最近、腹出てきたんじゃねぇか?」

「暑さのせいよ。ビールが嘘みたいにおいしいんだもの。っていうか話そらさないでよ」
 口をとんがらせる私。
 くっくっくっ、と、うれしそうに笑うあなた。


「なぁ、キスしようか?」
 私の後頭部を優しく包んだあなたの掌に引き寄せられて、オレンジ色のわたしたちは、セキセイインコみたいに軽くくちばしを合わせた。それから“喉が渇いたね”って、ふたりしてコーヒーを買いに車に乗ったはずなのに、あなたは突然私を抱きすくめた。

「コーヒーは?どうするの?」

 そう言いながら、私の体はそれだけで腰砕けになる。

「いやか?」眉間に皺を寄せた、あなたが聞く。

 首を横に振る。目が潤んでるのが自分でわかる。

 カーステレオからは、ビートルズの“A HARD DAY’S NIGHT”が流れている。今日は、朝から晩まで犬みたいに働き通しだよチキショウ、ってな歌よね、これ。

「わたしたちも、朝から晩まで犬みたいにファックしてみたいものね。いつか」
 それは本心だった。いつもは思うように会えなかったから。私には仕事があって、家庭があって。あなたにだって、すべき事や、片付けなくてはいけない問題が山積みだったから。

 私は笑ってそう言ったけれど、あなたは笑わずに私の体に絡み付いている太くてあなたみたいにどっしりとした節の高い手のついた左腕をほどくと、私の右手を掴んで昂ぶりへと誘導した。そっと彼を見つめると、こくんと頷いたから生命力の強そうな、その鼻に乗っためがねを外してダッシュボードの上に置いた。

 わかった。犬みたいにかわいがってあげる。私が、そこに顔をうずめてゆっくり口に収めると、あなたはまるで犬みたいに呻いた。昼間の暑さで皮膚から流れ出た汗と、それとあなた独特の男そのものの香りの混ざった、愛おしい匂いと味が私の嗅覚と味覚をすぐに支配した。ゆっくりと、波のリズムに合せて、目を閉じて。あなたを感じた。

「なんか、俺のヘンだ。いつもと違う」

「私のも。いつもと違う」 今日は、自分でもあきれちゃうほど疼くの。

 あなたの顔が上向き加減になると、あなたの両手は私の頭を挟んで、沈ませたり、浮上させたりした。少し乱暴なのが、嬉しかったし、余計に感じた。
 あなたは、たっぷりそれを楽しんでから今度は私を膝の上に乗せて、紫外線を受けて火照った肌を指で情熱的にあちこちなぞってから、もう行き場がなくて途方にくれてしまいそうなほどに膨れてしまっているもので、私のプッシィをゆっくりと押し広げた。

 それから、繋がったまま何度もくちびるにくちびるを押し当てあいながら、ゆるやかに揺さぶられた。胸と胸をぴったりとくっつけて、ただ、揺さぶられた。
それだけで、良かった。約束とか、言葉とか、そういう簡単に覆されたり定義が決まっているものは一切必要なかった。わたしたちは、心というより体同士で惹かれあっていたのかもしれない。そんな、よこしまで激しい夏だった。
 
 あんなに熱かったわたしたちも、夕陽が沈むみたいに静かに終わってしまった。
 逃げ出したのは私?それとも、あなただったのかなぁ?何度考えてもわからない。

 今でも夏の終わりのビーチにいると あなたを思い出さずにはいられなくて、胸がぎゅうっと締め付けられるのよ、私。他の誰かと恋をしても、例え体を重ねても、それは続いているしこれからも続くんだと思う。

 でもね、気付いたの。知ってる?

 夕陽は沈んじゃうけれど、きっとまた朝陽はあがるのよ。
 夏は終わるけれど、必ず春の次には再び訪れるのよ。
 終わりは、はじまりにつながってるいるのよ。ずうっと。



 久しぶりに会ったあのひとと、沢山愛し合った。
 夏の暑さから逃れるためにぴったり締めても、隙間から少し太陽の日差しが洩れて侵入してくるカーテンのあるあなたの小さな部屋で。


 少し乱暴に服を脱がせあいながら、キスを重ねて。
 おなかをすかせた子犬がエサに食いつくみたいに体を愛撫しあいながら、キスを重ねて。
 繋がってお互いの体を揺さぶりあいながらも、キスを重ねて。

 そうして、あなたはなかなか終わらせようとしない。だけどもっと気持ちよくなってほしくて、もっともっと気持ちよくなりたくてあなたの上にまたがった私は、動きを滑らかに早めていく。


「そんなに早く動かさないで、いっちゃう」掠れた声で呻きながら、その少し小ぶりな体の割にはどっしりとついた腕で私の腰を掴んで自由を奪う。


「気持ちよくなってくれたら、うれしいのに」熱くなりすぎた心と体を持て余して、私は涙目で眼下のあなたに猫みたいに訴える。もっと気持ちよくなろう?って。


「だめ。ゆっくり、いっぱいしよう」そのあなたの返事に感応して、私の脊髄に甘くて鋭いものが走り抜ける。それからその言葉どおり、海沿いのゆるやかな坂を永遠にウォーキングするみたいに絡まりあってから、あのひとは果てた。


 それからも、わたしたちは貪欲だった。もっと触りたくて、もっと知りたくて、もっと欲しかった。お互いの体をすみずみまで。重箱の隅をつつくという言葉がぴったりなほど探り合っているうちに、あなたはまた元気になってしまって。それで、私はまた糖度の高いくだものみたいになってしまって、再び海沿いのゆるやかな坂をウォーキングすることになる。


 いつもは何でも私が決めるのに。会う日も、その日食べるものも、それからセックスをはじめるタイミングさえも。それをもどかしく思ったりもするけれど、私の三十半ばという年齢に加えて仕事上の立場があるところ、それに対比してあなたのハタチで学生という甘くて凶暴な立場の違いを考えれば納得がいく気もする。
 
 けれど一旦セックスがはじまってしまうと、途端にそのバランスは簡単にすりかえられて、ベッドの上ではあなた本位になる。例えばそれは、どんなかたちで繋がるかとか、いつわたしたちが果てるかとか。そういったことさえも。


 あなたは、私の足の先まで丁寧にあたたかなキスを重ねてから、今度は私の上に覆いかぶさるかたちで繋がった。揺さぶりあう、というよりは、揺らぎあうと表現した方がぴったりな重なりは、ゆるゆると続く。


「ね、もっとしてくれる?」いじわるな私の言葉に

「うん」余裕を見せたくて無理やり作った笑顔で応える。

「気持ちよくなったら、来て?」私は、イッて、という表現が好きでなく、イッてほしい時は“来て”と言う。

「もうだめかも」

「ん。あたしももうだめかも。全部出してね」私が目を細めてこたえると、あなたはあっという間におなかの上に昂ぶりを吐き出した。ずぅっと我慢してたんだろうなあ、と、そのどろりとした液体も含めたあなたの全てを愛しく思う。

 弾む息のまま、たっぷり筋肉がついた胸と上腕のあいだに私の頭はすっぽりと収められる。まるで最初からそこにあったみたいに。それから、まるでいつもそこでそうしているように、ふたりで眠りに落ちる。煮えたぎったお湯みたい熱かった私たちの体温が、徐々に生ぬるくなっていくのを全身で感じながら。


 ふわふわ揺らいだ心地良いところから、ここへ戻ってきたのは、体がつめたくなって目が冷めたからだった。きっと、エアコンが効きすぎてるからだ。じんわりと、あなたまで目を覚ましちゃわないように慎重に腕の中から抜け出してから、エアコンの温度とあなたの上にかかっている毛布を少し上げて、帰り支度をした。静寂な部屋の壁に当たって返ってくる衣擦れの音が、私がこの場所から帰らなくてはいけないという事を痛切に感じさせる。


「帰るわ」あなたにではなく自分に言い聞かせるみたいに小声で囁いて、くちづけをした。エアコンで冷やされた、つめたいキス。そのまま玄関に向かって、振り返らずにいっきに車まで歩いてエンジンをかけた。振り向いたら、あなたを起こしてしまいそうだったから。


 大きな国道を渋滞もなく暫く運転して、丁度私の住む隣街にある、休みの日に夫と子供と連れ立ってよく行く大型ショッピングセンターの前で携帯にメールが入った。


“っていうか、寝てた!お別れのチューもできなかった”と。


 くすくす笑いながら、本当はしたのよ?とヒトリゴトを呟いて、でもそうメールはせずに夕陽をバックミラーに映しながらアクセルを踏み込んだ。さっき別れ際にしたくちづけでなく、ベットで何度も重ねたキスの温度をくちびるに思い出しながら。

 先週末、気になるひとが主催する音楽(ハウス)のイベントがありました。翌日に、急な仕事が朝イチで入ったから、行こうかどうか迷ったけど、最近気持ちが床を這いつくばってたので、行ってきました。

 結果!行って良かった♪
 素敵な音楽聴いて、仲間とお酒を飲んで、気になるひととも接せて、普段のカタガキの無いあたし、を楽しめて元気出た!

 めちゃくちゃ楽しかったけど、翌日の仕事を考えて十二時前に踵を返すあたし。目の合った知り合いに手をあげて挨拶して、弟分にエントランスで見送られて店の外に出て三歩すすんだあと。

「待って!」の声にふりむいたら、顔見知りの男の子が立ってた。それで、どしたの?ってあたしが聞こうとした、その前に彼から口を開いた。

「連絡先教えて!」って!

 それで、赤外線通信して、登録を何て名ですればいい?って聞いたら

「希望はジョニー・デップ。そっちは?」

「あたしは願わくば峰不二子で」

 驚いたし、嬉しかった。
 こんなの十何年ぶり?
 なんか久しぶりにドキドキしたなあ。

 連絡来るかな?
“お金かして”とか“誰か女の子紹介して”ってオチだけは勘弁願いたいと願ってしまう贅沢なあたし(笑)