大人は、すぐに個性、個性と言う。
そして子供はそれを信じ、それぞれの個性を伸ばす。
子供のころは、それでもいい。
しかし大人になったら、個性といっても所詮個性。ノーマルでいいと考えるようになる。
普通でいようとする。
「あっれぇ?おかしいなあ。無能力?」
あっれぇ?と言いたいのは、こっちである。
この世界には、3つのルールがある。
・人権、個人の尊重
・言語の統一(理由があって日本語に)
この二つに並び定められたルール。それは、
・能力の育成
能力は、生まれたときから人々に神から植えつけられるものとされている。
世界中の科学者たちが生まれた場所、状況などを変えても能力の変化は現れず、今現在も研究は、行われている。
また、神から植えつけられたとしている理由は、生まれた時から微弱ながらそして成長するにつれてちょっとずつ
進化していくからだ。
そして人間は、兵器として能力の育成のために多額の資金を投じ、能力の強さを測ったり種類を見分ける機械・育てるための学校を作った。
―――これまでの事を併せて考えると、人間社会では格差が生まれる。能力が強い=地位が高いというピラミッド型の社会図ができた。
だからさっきの「無能力?」は、おかしいのだ。
機械の前でその言葉を投げかけられた僕、榊原雄志は集めたくもない大量の奇異の視線を集めていた。
