むぎのペットロスから復活の兆しがみえて、
今ペットロスについて考えてみています。
酒飲みながらですが。
以前、ペットカウンセラーをなさっている
尼僧様のカウンセリングを受けた事があります。
ペットロスは、
ペットならではの特殊な苦しみ
なのだと、尼僧様はおっしゃっていました。
親が亡くなった時とも、友人が亡くなった時とも
全く違うのだとか。
尼僧様や私の知人には、
親ロス
や
友人ロス
はいないんです。
ペットも親も、自分より早くいなくなると
覚悟はあるはずなのに、
ペットロスは長く深く自分を責めてしまう
というのが、尼僧様の考えるペットロスの特徴です。
ペットを愛すれば愛するほど、その子の全てに
責任を負おうとしてしまうのが飼い主。
そのため、どれだけ考えてどれだけ尽くしても、
目の前にある現実に対して自分を責めてしまう。
もっとできたんじゃないか?
私の選択が間違っていたんじゃないか?
そのせいであの子は辛かったんじゃないか?
愛ゆえの苦しみだから、話していて
尼僧様も辛くなってしまう時期があったそうです。
ただ、動物は本来自分の環境を受け入れて
生きてくれる生き物です。
抗がん剤とか手術とか酸素室とか
そんな物は知らないし、関心もない。
ありのままを受け入れてくれるから、
あんなに愛おしいのでしょうか。
それが嬉しくて、私は
もっと
もっと
と、欲ばってしまいます。
今回、むぎのペットロスでは
私は悲しむ事をやめようとはしませんでした。
その結果、今でも泣いています。
でも、そうでない時の気持ちは今までより
かなり前を向けているように感じています。
今まで一緒にいてくれたペット達のように、
ありのまま
でいるように、自分の感情を制限しませんでした。
明日はむぎの遺影を選びます。
ごまちゃんもおもちも、遺影を選びます。
また一歩進めそうな気がします。
