あ、6月ぼやぼやしてたらもう6月1日になっていました。むぎの事を懐かしく思い出しています。もし、酸素室なんか用意しなければ、闘病生活はきっと何十分の一ですんでいたはず。どうするのが良かったのか、きっと一生わからないんだろうと思います。虹の橋でむぎに聞くしかないのでしょう。むぎがいないので空調に無頓着になってしまい、多分今日熱中症になりかけました。気をつけます。