ずっとある人の言葉に苦しめられてきました。
自力で食べられないおもちやごまちゃんにすりつぶしたものをあげていましたが、それは自然に逆らう強制給餌だと…。
その人は猫や犬をたくさん育てています。強制給餌をしなければみんな穏やかに最期をむかえると言われ、私のせいで長く苦しめてしまったのだという思いがずっと頭から離れませんでした。
救ってくれたのは、遊びに来てくれる子どもたちでした。
その、強制給餌にあたる動画を見ていて、
「美味しそうに食べてるね。おもちちゃん、喜んでるね!」
と言ってくれました。
その言葉で、ずっと見る事ができなかった動画を、私もまた見る事ができました。
私も、やっぱり嬉しそうに食べてくれているように見えます。
それが私も嬉しくて、動画に撮りました。
本当のところは私にもわかりません。
おもちもごまちゃんも、もういないし話せません。
いつか虹の橋で会った時に
「本当はまずかったんだよね。」
と言われたら、全力で謝ろうと思います。
同じ事象でも人によって捉え方が全く違って、その意見を聞く人もまたそれぞれの捉え方をします。
自分の選択に自信と責任がないまま過ごしてしまうと、他人の言葉で自分に呪縛をかけてしまうのだなぁと反省しました。
その呪縛を自分で解く事もできず、情けないです。
そんな甘い気持ちであの子達と闘病していたわけではないのに、ぐずぐず悩んでいた事がかえって申し訳ないなと思います。
我ながら見苦しい…。
私が選んだ子達を
私が選んだ育て方をして、
私が選んだ方法で看病して
最期までお世話した
全部私の責任です。
それで苦しめて死なせてしまったのなら、その責任も全部負ってゆきます。
ようやくそう思えるようになりました。