昔話 | もそもそ日記

もそもそ日記

日々感じた事、思った事を、そのまま綴っています。

なかなか進まないダイエットの事も、諦めないために書いてます。

QVCの記事について、あるメッセージをいただきました。
その方へのお返事として、私がした「理不尽な経験」について書きたいと思います。




もう21年前、当時まだ短大生だった私は一人暮らしをして新潟の学校へ通っていました。
それまでは17時という門限を何の不服もなくしっかり守っていた私はいきなり放り出されて自由を満喫していました。暗い夜道を歩くのさえ楽しくて、ゴミ捨てついでに1時間も2時間も潮の香りを感じながら散歩するのが好きでした。

そんなある日、事故に遭います。
未だに記憶が戻りきりませんが、酔っ払った運転手の自損事故に巻き込まれたのです。
打撲や裂傷はもちろん、左肘は完全に潰されてしまい、レスキュー隊の方々は切断しかないと思われたそうです。
たまたま近くに手を専門とする形成・整形外科があり、腰骨から無くなった肘の骨の形を作り、腕を失わずに済みました。
ただ、長い入院で大切な実習を休んでしまい、私は留年の危機にさらされました。学年主任の先生と話し合い、リハビリのために実習を1日数時間抜けさせてもらい、その分はレポートでまかなえるようなご配慮をいただきました。通常は完全に留年でしたが、運転手もまた同じ学校の先輩だったのです。左腕が全く使えない中できる事を必死でやらせてもらい、途中でリハビリへ行き、大急ぎでまた実習へ。帰宅してからはその日のレポートに追われ、受験の数倍大変な日々を送っていました。

そんなある日、22時頃家のチャイムがなりました。非常識な時間ですが警戒心の全くなかった私はドアをあけてしまいます。
すると、加害者の先輩が立っていて
「いい加減にしてもらえませんか?」
というのです。
何のことか尋ねると、リハビリに通いすぎだと。留年を免れるためにギリギリの予定を組んで頑張っている事を告げても、
「留年したって平気でしょ?あなたのウチは金持ちだし、退学したって実家で働けるじゃないか。」と、とりあってくれません。
さすがに頭にきて、合計180針以上縫う大変な怪我だった上、ケロイド体質だったので一生かなり目立つ傷を負った事を言ってみましたが、
「そんなの当たり前。あれだけの事故で腕が残っただけでも感謝すべき。少しは人(加害者の先輩)の立場も考えないと。」という返事でした。
結局話が通じないまま2時間くらい帰ってもらえず、それが毎日続き、私はノイローゼ気味になってゆきました。
先輩も怪我はしましたが、軽い打撲のみ。

あまりの言いように頭の中が真っ白になり、喉の奥がカラカラに乾いて何も言えませんでした。




この世にはこんな理不尽な事があるのか、何故自分はこんなに悔しい思いをしなければならないのか、
両親に守られて育った私が初めて体験した憎悪の感情でした。






今回の葉書のお話を聞いて、この時の気持ちを思い出したから、私はここまで感情移入してしまうのです。
強者と思っている者だけが、弱者だと思う者に対してこういった言動をとります。
ですが、多くの場合、本当に強いのはその弱者の方です。強い弱者を抑えつけようとする時に理不尽さが生まれるのだと思います。
私は、それが許せなかったのです。






以上が、私が記事を書いた理由です。
メッセージを下さった方以外にも不思議に思われている方がいらっしゃるかと思い、こちらに書きました。

つまらぬ長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。