こんにちは。
まだ八月だというのに、このお天気・・
今年はなんなんでしょうね。

6月・・・まだ六月だというのに・・・この暑さ・・・
そんな書き出しで始めた6月が懐かしい。

暑くて暑くていつ終わるんだろう・・・
つらいなぁ、いやだなぁ、
そう思っていたのもつかの間、もう秋がそこまで来ています。
早いものですね。

つらいつらい・・・いやだいやだ・・・
いつまで続くんだろう・・・

物事はそう思っていても、きっと終わりが来るんです。
その時きっと思うんですよね。
早いもんだと・・・
夏の終わりに感じるように・・・・

海んちょのとってつけの女将になって22年。
飲食店の女将なんて、どうしていいかわかりませんでした。
なぜなら、料理は苦手だし、食の大切さなんてまったくわからなかったから・・・

中学、高校時代、家庭科はいつも2.成績下位で、特に調理の時間が大嫌いでした
OL時代なんて、下宿屋さんのママさんがきちんと食事管理してくれていたからよかったものの、彼女がいない日は、いつもハンバーガー屋さんのジャンクフードで済ましていました。
そして、結婚後。OLを続けていた28歳まで、忙しい夫とはほとんど家で顔を合わせることがなかったママコ。
もちろん毎日の食がおろそかに。空腹を満たすだけの食事になっていきました。
それから飲食店の女将となり食事の時間と質は乱れに乱れ、常に疲労感との戦い。店の賄いご飯があったことは、当時のママコのライフライン。かろうじて命をつないでいたと思います。
母になってからが悲惨でした。一日ほどんど食べ物を口にすることがなく、空腹感を感じなくなりました。子育てと仕事に追われ、一日3食食パンだけで過ごすなんてざら。
そのころから・・・体調の崩れが頻繁に起こるようになりました。

母が無理していると、思春期の娘に伝染します。
とうとう、17歳の娘のココロとカラダが悲鳴を上げました。
大学病院のドクターの言葉。
特効薬の西洋薬はない、食事管理でココロとカラダを整えられますか?

ママコは、大切な娘を成功に導いてあげたい一心で、はい!!と答えました。
ここは、飲食店の女将の腕のみせどころ!!!
なんだかそう思ったんです、その時は。

それからがママコの勝負の始まりでした。あらゆる専門書を読みあさり、講座にも出席し、ありったけの知識と知恵と経験をしぼりだして、食事管理に精をだしました。
娘の食だけでなく、自分の食の管理も行うようになると、成果があらわれてきたんです。

17歳の夏のおわり、偏差値30台で登校拒否だった娘は、2年間の猛勉強の末、慶應義塾大学へ合格。
その猛勉強時代も、食が彼女を支えました。

そして、ママコにも大きな変化が。
いままで不安定だったココロとカラダに安定性が現れたんです。すると人生の道が定まってきた・・・

22年前、料理が大嫌いで、食の大切さもわからなかった飲食店の女将が、やっとやっとこのころから認められ始めてきたんです。。

料理が嫌いなのですから、メニュー開発なんてまったく興味もなかった。
ただただマスターがクリエイトする料理をお客様に運ぶだけの毎日。

そんなママコが食の質に向き合うようになり、専門的に学ぶようになり、食で人を支える喜びと達成感を与えられると、もっともっと食で人を支えたくなるんです。。食で人を応援したくなるんです。

で、取得した資格・・・食生活アドバイザーと食生活指導士。

質の良い運動と質の良い休息・・そして質の良い栄養・・・これをぜんぶひっくるめて質の良い食生活と呼ぶんですが、これがいかに人生の成功に関係しているか・・・

それを知ってしまってからは、どうしてもママコのメニューを海んちょのメニューに反映させたいと思うようになりました。

そして・・・
やっと、やっと、今年の秋からの宴会メニューにいくつかママコの考案したメニューが反映されています。

既存のオリジナルメニューにひと手間加えるだけ、ひと食材加えるだけ、ひと調味料かえるだけ、それだけでココロとカラダがぐーんと整えられて、そして成功へ近づくんです。

それが認められた・・・うれしい。ほんとにうれしい。

この秋、どうか海んちょの宴会メニューをご賞味いただきたい。
そして、少しでいいから海んちょのお食事をヒントに、大切な方へ愛情込めたお食事を作って差し上げてほしい。
もちろん、ご自分へ作ってあげていただければ、それは一番うれしい限りです。

是非、この秋は海んちょへ。

海んちょ ママコ