20年前の4月20日。
海んちょの前身のお店の開業日でした。

ママコもまだ?歳の若造でした。
マスタァも??歳の若造でした。

若造と若造がタグを組んで始めた飲食店。
あっという間に20歳になりました。

片付けるのもど素人だからなのか、毎晩・・・ではなく帰宅は毎朝・・・・
気がつくと、空が白ぉくなってて、

はぁ、今日も朝まで働いてしまったァ。
あと数時間でまた店に戻らなくっちゃ・・・

そんな毎日が続きました。
それでも、お客様に元気に頑張る姿をお見せしたくて、スタッフさん達に支えられながら頑張り続けられました。
当時は、スタッフさんに指示されるばかりのママコ。
一人では何もできず、何も決められませんでした。

早く、飲食の世界から抜け出して、元の外資の秘書に戻りたい!!!
と、マスタァに内緒で、履歴書を送っていました。

でも、面接の時になると・・・

すいません、家業の飲食店の経営がありますので、午前中のアルバイトであれば応募したいと思います。

と、つい言ってしまったこと数回・・・

もちろん、秘書のお仕事で半日のアルバイトなんて、許される訳ありません。

仕方なく・・・というか、必然的に、午前中や午後の数時間で終わる、児童英会話講師の道へ。
これなら、飲食店の女将さんと両立ができる!!!

と、軽い気持ちで始めました。ところが・・・
これが結構ハマリにはまってしまったんです。
児童教育と飲食店お女将さんって、共通点がたくさんあって、子供さん相手、お客様相手、そしてスタッフ相手・・・ただそれだけの違いであって、こちらのスタンスは同じなんですね。
で、学ぶこともほんとに共通することばかりで・・・

区内の公立小学校の国際理解事業のボランティアコーディネーターをしている時に知り合った外国人の勧めで、今の小学校放課後事業のスタッフになりました。
もう、7,8年前のことです。

これがまた、女将業と本当にマッチ。。。

どうしたら、相手の方に満足しておうちに帰っていただけるか・・・・そればかりを考えるようになりました。

外資の秘書のお仕事を通して
児童英語講師のお仕事を通して
国際理解事業のお仕事を通して
放課後教育事業のお仕事を通して
そして、女将業のお仕事を通して

自分がどうしてあげたいかではなく、相手がどうして欲しいかを考える自分に成長しました。

そして、今ママコがはまっている、
米国教員の研修ツアーガイドの活動にも、子育てにも、人材育成にも、活かされていると自負しています。

そしてそれは、大切なものを心から応援して守ろうと決意できる自分になりました。

20年前の4月20日。
不安だらけだったあの日。
きっとすぐに辞めちゃうだろう・・・って自分で思っていたあの日。
トイレにこもって泣いてばかりいたあの頃。
厨房の中でアルミのボールを床に投げつけ、裏口から飛び出してしまったあの頃。

あの日に今日のママコが想像できていたでしょうか。

あの日の自分にあって、

大丈夫だよ。20年後は今のあなたに想像できないほど、強くたくましくそして優しくなってるから、泣かないで大丈夫だよ。

って、言ってあげたい。

そして、そうなれたのは、自分が守ってきた人に守られてきたからだということも、教えてあげたい。

海んちょスタッフのNちゃんが、

4月20日の写真、見せてくださいよぉ。

って。
どっかにあったよなぁ・・・ってマスタァ。

GW・・・自宅を少しガサガサと探してみようかなぁ。
どっかにきっとファイルしてあるはずだから・・・・

今週から21年目がスタートです。
あと何年頑張れるかは、体力次第。
気力はまだまだですが、やはり体力ばかりは・・・・・

行けるとこまで頑張りますんで、よろしくお願いします。

海んちょ ママコ