読書&新聞タイム~~~
カフェで
涙うるうる

な奴。。
新聞時間がとれないから
読まずに溜めてしまうから
毎日、一面だけは読む!と決めた。
そしたら、
今、正しく生きねばならない
甥っ子に見せたい記事ばかり。
まずは妹だけど。
甥っ子は
またも殴ってしまって
正しく生活する期間が
さらに長くなる、、と落ち込んでいたそうな。。
中学の時から変わらない。。( ・ε・)
教師を殴って、
妹が何度呼び出されたか。。
妹は
小さい時にこうすればよかった、
と反省ばかりだけど、違う。
ここからが
甥っ子が本当に人生について
真剣に考える期間なのだと思う。
同じ気質をもつ兄は、
小さい頃の行動は甥っ子と同じ。
中学、高校では番長だった。
裏地に虎の刺繍の学ラン。。
貧乏な我が家に何でそれがあった?💦
私が中学に入学したら
「◯っしゃんの妹!」と体育教師に言われた。
古くからいる体育教師達の中で
長兄は中学校の3期生で有名人だった。
私の入学は9年後なんだが。。
長兄は番長で、
次兄は囲碁将棋部で地味で、
3番目の私は陸上部だが地味。
水泳で泳ぎ方がきれいと、
次兄の元担任の体育教師から、みんなの前で褒められた。
たぶん
兄達のおかげで有名だから
自信をもたせたかったのだろう。。
4番目の妹は、入学早々、警察の厄介に。。(-""-;)
初めて父が新聞で妹を叩いていた。。
スリルを味わいたかったみたい。
その後、卓球部で
「◯っしゃんの妹」と言った体育教師の下、
頑張って、地区3位になった。
長兄は
それでも、道を外れなかった。
長兄だから、父に迷惑をかけない、
と決めていたのかも。
師匠も父母の恩は海より深い、
と言っていたからね。
妹もそうだ。
しかし、
結婚して、姑たちに気遣うあまり、
策に溺れて、
大切なことから子ども達を遠ざけてきた。
今も
甥っ子が道を外れたことの意味が
わからない。
何かのせいにするしかなくなる。
そして
認知症の母からの遺伝のせいにする。
わが家の宿命だが、
母のせいでないし、
遺伝のせいでない。
父母は4人の子のために
ちゃんと人としての道を学ぶように
折に触れて話してきた。
師匠の話に触れたり
誰かの話を聞かせたり
何かあれば、仲間を頼りなさいと話してきた。
妹はその事を忘れている。
私が
東京でも、上海でも、ソウルでも、
どこに行っても、志が同じ仲間がいて、
困れば、頼れるから
生活していけること。
それを父母は生まれたときから
教えてくれてきたこと。
だから
父母は安心しているのだ。
親がいなくても
安心できる仲間や居場所を
残してあげられることが
親の願うこと。
それを残してくれている。
1番の財産に気づいていない。
今もなお、
本や専門家に頼り、策に走ろうとする。。
妹よ、気づけ~~~~!!!!
と祈るのだった。
3年後、
甥っ子が安心する仲間と
普通に働いて生活できるように、
祈る~~~~!!
