にゃんこ昼寝の間に

茶道教室にて


高麗茶碗の講座〜

これは
利休斗と屋茶碗の写し。
利休の家業が魚屋(斗と屋)だったからか
好んだ茶碗だそうな。


茶の湯の美意識である、
侘びさびに合った茶碗だけが
朝鮮から輸入され、
重宝がられた歴史。

江戸時代になると
古田織部がプロデュースし、
朝鮮陶工に注文して作らせた
御本茶碗が主流となった。

朝鮮で主流であった白磁や青磁とは程遠い、
寂れた感じが満載の高麗茶碗。

多様な茶碗の数々は
朝鮮の焼き物技術が
はるかに優れていた現れなのだそう。

今はどうか知らないが、

そんな高い技術力が
文化の最終地点である島国の日本に伝わり、

それが、
そのまま残ったり、
日本ならではの進化をしたりしながら
様々な陶器が日本各地で
今も作られている。




中国の文化も
日本で形を変え、
残っている。
唐茶碗も
中国には今はない技術で
再現できないものもあるそう。

中国は
政権が変われば
トレンドががらりと変わり、
前政権のものは排除してしまうと
中国の人が言っていた。

台湾の故宮博物院には
優れた技術を生かした文化財が
残っているが、
北京の故宮は建物だけで、中は空っぽ。
国宝の品々はすべて蒋介石が台湾へ持って出たそうな。

たくさんの人垣の間から見た、
白菜が印象的だった。
翡翠だそうな。

上海の人が
「蒋介石が台湾に持って行って良かった。
 残っていれば、文化大革命ですべて壊されただろう。
中国の恥だ。」
と言っていた。

習近平が国家主席になったくらいの
7年前のことだが、
今は言論の自由があるのだろうか?(ー_ー;)
上海はまだ自由な気質があったが、
中国国民の本音は
世界を知っている人なら
客観視して、政府を冷静に見ているのだ。


文化大革命で
4人組が文化を破壊しつくし、
中国の文化人や学者などは
粛清の嵐に曝された歴史があるから、

師匠は
そんな背景を熟知し、
日本から中国文化を大事にし、
京劇や雑技団などの日本公演を
たくさん奨励し開催してきた。
大学交流も盛んにやってきた。

中国で
文化大革命で荒れるとき、
4人組からの批判の渦中であった
周恩来総理とお会いした師匠。
周恩来の意志を受け継いだのだえーんえーんえーん

周恩来総理が逝去後、
4人組は告別式を許さなかった。
しかし、
周恩来を慕った北京市民が
天安門に何十万人も集い、
追悼集会を行ったが、弾圧をうけ、
最初の天安門事件につながった。
しかし、
それが
中国の初めての民衆運動となり、
その後、
4人組を追放するまでになった。

「死せる孔明、生ける仲達を走らす」だな。
周恩来は諸葛孔明みたいに
慕われていたのだ。



上海の
ある学校のIT教育を見学にいったら、
生徒のグループ1つが
調べていたものが
周恩来総理のことだった。

そのまとめた情報をQRコードにして
周恩来総理の漢詩と
しだれ桜の絵を描いた色紙に貼り、
我々の見学者1人にプレゼントしてくれた。
粋なことをする中学生〜

中国では
8年以上前から
iPadを持ち、
中学生がQRコードに情報を入れたりして
駆使しているよ。。
日本のIT教育たるや。。。(^o^;)
合わせて情報倫理を確立せねばね。。



文化を学ぶと
文化を守り続けてきた人の凄さを
思う。

師匠の偉大さもしみじみ感じる。。


私も
庶民ながら
文化を楽しむことで

守っていきたいと思う。



日本橋から快速電車に乗り、
気づけば
降りる駅を
乗り過ごしていた!びっくりびっくりありゃ?

そして
降りた駅で出逢った本を


読む〜〜