楽しいことはドコにある? | uminami-snusのブログ

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ある日自分の中でスッと納得できたことを鮮度のある内に残したい。個人的な備忘録であり、アタマの中を整理するためのもの。

自分のチカラで楽しもうとしてない

例えば飲み会に参加するかしないか迷ってる時

「行ってもいいなー」
「でも、行かなくてもいいなー」

そんな中途半端な感じ


今日のラインであった、いつもの四人組でディズニー行く行かないのやりとりもそう

「行ってもいいけど、行かなくてもいい」
「だから、最終的な判断は他人に任せる」
というスタンス



それはつまり、責任逃れ



何の責任?




「自分で楽しむ」ということにおける責任



つまり、「楽しいかどうかは自分で決める」という覚悟の欠如


世界にパワーを明け渡してしまっている



「自分が楽しいときは楽しい」ということ


別の言葉で言えば、本質的には自分が楽しいかどうかは周りとは関係ないということ


もっと言えば、「楽しさを創造する」ということ


自分の意思で、目の前の相手も含め、世界と調和した上で、「楽しさを創り出す」


つまり、「現実創造」


俺は創る側



そして、そこで楽しむ本人でもある



世界が楽しませてくれるのではない



自分が楽しむ



世界がつまらないのではない



自分が楽しむことを避けているだけ