「愛想よく振る舞うこと」
仕事であれ、プライベートであれ
それは誰のためか?
自分のためか、相手のためか
自分のためであれば、それは欠乏欲求
相手のためであれば、それは充足
「相手に好かれるため」であれば、被害者意識からくる行為
それは他人への義務感と怒りを生む
「なんでアイツはあんなに態度が悪いんだ」
「なんでアイツは自分勝手なんだ」
相手責めが始まる
そして、それは場合によっては自分責めにも繋がる
「なんで自分はこんなに心が狭いんだ」
「自分はなんて自己中なんだ」
「気が使えなければ大変なことになってしまう」
でも、それが相手のためであれば、そこにネガティヴな感情は生まれない
「自分がそうしたいからする」という選択
「自己責任」という名の自由
「自分で選んでいる」ということへの理解
そうすれば、誰も責めなくて済む
誰かの態度が悪くても、誰かが自分勝手に振舞っていても、関係ないし気にならない
愛想よく振る舞いたくないなら、振舞わなければいい
その代わり、そこから生まれる結果は全て自分ごととして捉える
ただそれだけ
「愛想よく振る舞うこと」も「気を使うこと」も自分の選択であり、それを選ぶのは自分の意思で選んでいるという意味で自由な選択
あらゆる選択肢の中から自分で選んだということを府に落とせば、誰も責めなくていいし、色々なことが気にならなくなる
大きな器でいられる