考えるのは辛いから
悩み、苦しみ、葛藤がある
常識や思い込みに囚われて、いつも同じルーティンで生きるのは簡単
不自由っていうのは、ある意味ではとても生きやすいのかもしれない
「自分で自分の限界を決めている」という言葉は自由の象徴である一方で、無自覚のうちに限界を決め、与えられた枠組みに収まることが気楽で生きやすいという背景がある
何も考えず、疑問も抱かず、ただ周りと同じように生きるのは容易い
だから、大抵の人は自分の世界観を変えようとしない
「それはそうと決まっている」という神話がここまで強力なのも頷ける
そして、「考えない事」を手助けしてくれるのが「忙しさ」
日々せわしなく生きることは、「考えない事」をサポートしてくれる
仕事だろうとプライベートだろうと常に予定が埋まっていて、むしろ、やるべきことややりたいことを十分にできないくらいに忙しい日常を送ることで、考えるスキマを微塵も与えないようにしている
平日・休日問わず、昼も夜も関係なしに、娯楽やイベントや情報やモノで世界が溢れているのだから、空白の時間と向き合わなくて済むのは当然
というか、余計なことを考えなくて済むように、悩んだり葛藤したりしないように、こんなにも忙しい社会が創り出されたかのよう
「なぜ生きるのか?」という疑問に対して、「そんなこと考えてる暇はない」という答えを正当化するために創り出された社会
「素朴で深遠な疑問を考えないようにする」という目的を達成するために構築された世界
考え悩むこと
疑問を抱き葛藤すること
自分の内側を変えること
それはとてもツライ事でもある