「変化」という、夫婦関係におけるネックな問題 | uminami-snusのブログ

uminami-snusのブログ

ある日自分の中でスッと納得できたことを鮮度のある内に残したい。個人的な備忘録であり、アタマの中を整理するためのもの。

夫婦間の関係性において一番のネックな事柄は「変化」なのかもしれない

人間である以上、人は時間ともに変化していく

環境が変わったり、新しいコンテンツにに出会ったりすることで人は変わるもの

考え方・価値観・望むこと・好み

それらが変化することは人として避けられない

何がどう変化するかはわからない

かつ、変化したくて変化したわけではないことがほとんど

気づいたら変わっていたということばかりだし、それは全体の流れで起きたこと

むしろ、特定の事柄にしがみつき固定されることは不自由なことでもあるから、変われるということは柔軟であり自由だということでもある

むしろ、変化こそが人生の醍醐味だとさえ言えると思う


友人関係であれば、自分が変わったとしても大して問題ではない

変わった自分を相手が受け入れられなければ、その人と疎遠になるだけだし
逆に変わった相手を受け入れられなければ、その人から離れればいい

自分が変わったとしても、自分の変化を隠したりすることで相手と付き合い続けることだってできる

でも、夫婦となるとそうはいかない

自分の変化とともに、相手と生きなければいけないし、相手にそれを隠し続けてもどこかでひずみが生まれる

逆に相手の変化を認めてそれと上手に付き合う必要がある

お互いにそれができなければ離婚するしかない

出逢ってから死ぬまでずっとお互いの価値観や考え方が変わらなければ仲良くやっていけるのかも知らないけれど、たいていの場合はそうではない

あるいは、お互い同じような変化をして、その変化が離れすぎなかったり、その変化とうまく付き合えるようであれば大丈夫なのかもしれない

もしくは、その変化によってより関係性が良くなるということもあると思う

でも、いずれにしろ、時間と共に人は変化する生き物だし、変化こそが人生の楽しみでもある

変化することは変えられない

変化はこの世界の原理であり、変化することは自然なことであると易経でも説いている

問題はその変化とどう向き合うか

その変化とどう付き合うか

そのような意味では、離婚や不倫はいま世間一般に根付いているほど悪いことだとは思わないし、どのような理由が背景にあれ、「離婚するのはダメだ」という価値観に縛られる必要もないように思う

「あの時の約束を破るのは許せない」とか、「離婚しては子供が不幸になる」なんていうのもアテンションの固定が引き起こす典型的な問題意識だと思う

人は変わるものだし、何が幸せかは人それぞれだし、現実はもちろん過去の出来事に対する意味づけも時と共に変えることができる

本当の責任とはなにか

それは「自由であること」であり、
「自分で決めている」という意識があるかどうか

「夫婦だからこうあるべき」とか「夫として(妻として)こうでなければイケナイ」なんてことは、本質的には存在しないハズ

「自分で選択している」という自覚を持つこと

それが、夫婦関係に限らずあらゆるコミュニケーションにおいて、実は大切なエッセンスなのではないだろうか