「生きたい」と思うということは、世界に生かされてるということ | uminami-snusのブログ

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ある日自分の中でスッと納得できたことを鮮度のある内に残したい。個人的な備忘録であり、アタマの中を整理するためのもの。

俺が考えることは全て、世界の流れの中で起きているとしたら

俺の思考は全て、世界との繋がりの中で生じたものだとしたら

いまはまだ「死にたい」と思えないということは、つまりは世界に生かされているということのように思う

世界の完璧な調和の中で俺の死が必要なのだとしたら、俺に「死にたい」と思わせるのだと思う

でもそうではなくて、「やっぱり死にたくない」という気持ちがまだあると言うことは、世界に生かされてるということのような気がする

これは決して、今まで死んだ人はこの世界に不必要だから死んだんだと言いたいわけではない

むしろ、死ぬことで世界に対してできることがあるような気がする

その人の死が、残された者にとって大切な何かになる時が来るのだと思う

自分の近しい人を亡くした人がこんなこと聞いたら納得はいかないと思うけれど、俺が死ぬときはそんな気持ちで死ねたらなと思う

だから、いまはまだ生かされているのだから、生きようと思う

強く強くそう思うというよりは、静かに、凛とした優しさを伴う気持ちで、淡々とそう思う

世界に生きることを望んでもらっているとしたら、何てありがたいことだろうか

すべてがひとつながりのこの世界の中で生かされているという事実

シンプルすぎる表現だけれど、素直に「すごいな」と思う