「やりたいことが分からない」と言いながら悩んでいられる環境があること
やりたいことを探すことができる自由があること
やりたいことが分からないながらも食べ物を食べ生きていけること
大昔は生きることで必死だった
その日の食べ物を確保するので精一杯だった
あるいは、今からほんの少し前の時代でも生きるか死ぬかの瀬戸際を生きた人もいた
その頃よりもより便利で快適になった現在ですら、地球の裏側では生きたくても生きられない人もたくさんいる
戦争に巻き込まれたり、飢餓に苦しんだり、奴隷のような条件で働いてる人たちは「やりたいことが分からない」なんて悩むことすらできない
そんな時代背景や、国際情勢を考えると「やりたいことが分からない」という悩みを抱えられることは贅沢なんだと思う
今の時代はマズローの五段階欲求の下位の欲求は満たされてることが当然になっていて、それがゆえに上位の欲求を満たすことで一喜一憂してるけれど、そもそも上位欲求を満たそうと思えること自体がスゴく恵まれている
日本の歴史的な流れを見ても、あるいは、現在の他国の生活環境を見ても、「やりたいことが分からない」というのはこの上なく恵まれた悩みなのだと思った
「何のために生きてるのだろうか」
「仕事へのやる気が出ない」
「喜びと情熱を感じられる仕事がしたい」
「利己と利他が統合された自己実現を経験したい」
「日常が楽しくない」
こんな悩みも然り