たむそん農園での探求のテーマ | uminami-snusのブログ

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ある日自分の中でスッと納得できたことを鮮度のある内に残したい。個人的な備忘録であり、アタマの中を整理するためのもの。

俺はたむそん農園をどうにかしたい訳ではない

もっと効率的にしたいとか、売上をあげたいとか、田村さんに畑に集中して欲しいとか、そんなことは実はどうでもいい

そうではなくて、ここで出会う人々との関係性についての問題なんだ

農園で出会う人々とどんな関係性を築けるか、どのような関わり合いができるかが一番のテーマ

それはもっと言ってしまえば、彼らを愛せるかどうか

「何をするか(農園をどうするか)」ではなく、「どう在るか(どのような関係性を築くか)」という表現でもいいかもしれない

そしてそれは、自分で創り出し選ぶ事ができる

しかも、たぶん、いますぐにでも

その問題を解決するために、何か条件がいることではない

振り返ればニュージーでの気づきと繋がっているような気がする

ジェイソンのところでは、がむしゃらに働く事で欠乏を埋めるという日本にいた時と同じ方法で日々を過ごしていた

ラルフのところでは欲望と願望の違いに気づいた

キャサリン&ヤップのところでは、がむしゃらに働かないことを覚え、出会いたての頃に抱いていた二人への感謝が怒りに変わることを経験した

クレア&ケビンのところでは、がむしゃらに働かないことを完全に身に付けた一方で、「信頼する」「私は愛する」というスタンスでいることが次第に崩壊していくことを経験した

クレアのところでは、何もしない事が定着したと同時に、一人でいる事で欠乏を感じないようにしていた

クレイドルのところでは、「一人でいたいから一人でいるけれど、みんなが嫌いな訳ではない」という関係性を構築した

アンナのところでの日々とジョナサンのところでの日々は、一人でいる事と誰かといるときの狭間で揺れていた

それぞれにテーマがありその都度気づきがあったけれど、常に共通していたのは、出会う人々との関係性の問題と、人との関わりの中で満たされない欠乏を食欲で埋めていたという点

出会う人と触れ合う中で様々な感情が湧き色とりどりの関係性を築いてきたけれど、どの状況下でも誰かを否定していたし、欠乏感を感じていて、その反動が暴食という形で直に現れていた

いま、たむそん農園で働いてるこの状況も、根本はニュージーでの日々と同じ

人間関係で埋めれない欠乏を食欲で満たそうとしている

そして、その結末はおそらく次の二択

「私は愛す」という自由を手にするのか、「私は愛されない」という不自由のままでいるのか

人間関係の問題が解放されるのか、人間関係の問題が解放される前に金銭がつきてしまうのか

食欲で満たそうとする日々に終わりを告げるのか、行き着くとこまで行ってしまい食べられなくなるのか

そして、そのキーワードが「中つ火」と「fllow」