選択肢が増えることは本当の意味での自由ではない
本質的な自由とは、選択範囲が増えること
たとえば、ある特定の結果である「A」を望んでいるけれど、「A」にならない場合
しかたなく「a」や「A'」を選ぶとき
そこには「B」や「C」という他の選択肢もあるけれど、それに比べたら「a」や「A'」のほうがマシだから選ぶというようなスタンス
どれだけ多くの選択肢を増やし、より良いものを選びたいという「欠乏」のパラダイム
例えばTシャツを買うときに、可能な限りの選択肢を集めてから一番良いもの買おうとする
そんな感じの在り方
一方で、選択範囲を増やすというのは言い換えれば、「許容範囲を増やす」ということ
「A」という結果に執着せず、「B」でも「C」でも大丈夫という在り方
「〜すべき」「〜ねばならない」という価値観に囚われないということ
自分の行動を規制する思い込みから自由になるということ
様々な結果を受け入れられる姿勢
Tシャツを買うときも、そこへのこだわりが少ないが故に、こだわる人に比べ余裕がある
「あれもできるし、これもできる」というのは自由ではない
「できてもいいし、できなくてもいい」というのが本当の自由
それは「受け入れる」「認める」ということであり、「信頼する」ということでもある