夜中、ふと渚に連絡しようと思った
いまの俺の方針が、
「アタマではなくハートに従うこと」
「思いついたら後先考えずに、すぐ決めること」
であるにも関わらず、
「渚に連絡して明日晩御飯一緒に食べようと誘おうか」と思った瞬間に行動できなかった
その発想が思い浮かんだ途端に思考が働き出した
「いまはもう深夜だしやめとこうか」
「もしかしたらどこかに引っ越してるかもしれないし」
「リビングにいるゆうこちゃんに電話の声聞かれるのもアレだからゆうこちゃんが寝てから決めるか」
「いや、思い立ったら行動するって決めたんだからすぐ電話したないと」
「待て待て、でも、これは本当にハートの声なんだろうか」
そんなことを考え出したらもう動けない
そして最終的な結論は「風呂に入って出てきてから電話しよう」だった
そして、風呂から出る頃には渚に電話するという衝動は薄らいでいて結局電話しなかった
この一連の流れのポジティブな面を捉えれば、すぐに決断できなかったとはいえ「電話をする」という決心に落ち着いたことは自分の変化を感じる
以前の俺だったら、この決断には至らなかったと思う
とはいえ、行動を先延ばしにしたことによりその衝動がなくなってしまったのは事実であり、ひとつ教訓となった
やっぱりハートの声は「いま」のものであり、その衝動は時間が経てば薄らいで無くなってしまう
それはまるで発言と一緒
誰かと会話中に発言をするかしないか迷っていてはチャンスは逃してしまう
その発言を少し遅れてしても、何となくフィットせずに浮いてしまうという経験は何度もしてきた
会話においても思い立ったらすぐ言葉を発しなければその言葉は死んでしまう
言うか言わないか迷った時点でその言葉はもう輝きを失っている
ラインでの会話も同様で、アレコレ返事に迷っているのは「輝き」という意味においてはよろしくない
思考が入り込んだ時点でその言葉やインスピレーションは劣化してしまい、「純粋」「ピュア」とは程遠い、余計な色のついた「不純物」なものに成り下がってしまう
言い換えれば「鮮度が命!」
もちろん、慎重に会話をすることは大切だけれど、慎重になる理由が「恐怖」であったり「利己主義」である場合、つまり自分が傷つくことを恐れるが故に慎重な行動になるのは流れを信頼できていないということ
インスピレーションと言ってもいいけれど、会話中の発言にしろ、今回の電話の件のような何かの衝動にしろ、その輝きは一瞬のもの
思考が入り込んだ時点でもうオシマイ
躊躇した瞬間に輝けなくなる
アタマで考え出した時点で手遅れ
今回の件はそれを体験するいい機会になった
「善は急げ!」
そして、
「インスピレーションはすべて善!」
なぜならハートはいつでも完璧にすべての調和しているから
つまり、
「インスピレーション(善)は急げ!」
ハートの衝動であるインスピレーションは「鮮度が命!」
インスピレーションは恐怖に起因する思考が入り込むと瞬く間に輝きを失うものなんだ
ちなみに、今回はインスピレーションを逃してしまったけれど、そのことを後悔したり自己嫌悪に陥ったりはしていない
なぜならそれも含めて「起こるすべてはきっといいコト」だから
インスピレーションは鮮度が命だけれど、もし逃してしまったとしてもそれは全体の流れの中で起こった必然であり、俺にとっては最善のストーリー
それが納得できるいまは、何が起きても大丈夫だと思える