時計の針が14時半を指しているということ | uminami-snusのブログ

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ある日自分の中でスッと納得できたことを鮮度のある内に残したい。個人的な備忘録であり、アタマの中を整理するためのもの。

本来は「空」であり、意味も価値も無い世界に僕らは勝手に意味や価値を付け解釈しているということについて

例えば時間

休みの日に朝起きたら14時半だったとする

「うわっ!もう14時半!寝すぎたわ!うわ~損した~」と思うかもしれない

あるいは、
「お!まだ14時半じゃん!これから何しよっかな」と思うかもしれない

同じ「14時半」という時間にも関わらず、そこに見出す意味は真反対

本当は「14時半」に対してどのようにでも解釈できるのに、普段保持している価値観により自動的に「14時半」に意味づけして評価判断している

それは自覚があってやっていることではなくて、一種の反応として発作的に無意識に意味づけを行ってしまう

それは無自覚の「癖」であり自分の中では絶対的なものになってしまっているので、例えば「14時半」に対して「損をした!寝すぎた」と意味づけした人が他の人から「いやいやまだ14時半でしょ!何でもできるじゃん」って言われたところで納得はできないし、「損した」という感覚は抜けないのがほとんど

もやはそこまで行くと「呪い」に近い笑

「14時半」という時間そのものには絶対的な意味や価値はない
そこに人それぞれに意味づけをし、評価判断しているというだけのこと
目の前の現象としては、ただただ時計の針が「14時半」を指しているに過ぎないのに

逆に言えば、僕らは「時間」があると思い込むことによって物事に意味や解釈をつけることができる

あるがままの世界に「時間」を使うことで「色」をつけられる

もし「14時半」という時間に、なんの意味も解釈も付けなければ、時間は存在しないということ

そう考えると、そもそも「時間」って何なのだろう?

やっぱり、「時間」なんてものは本当は存在しないのではないだろうか