「冴えない日常だな」でストップ! | uminami-snusのブログ

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ある日自分の中でスッと納得できたことを鮮度のある内に残したい。個人的な備忘録であり、アタマの中を整理するためのもの。

いまの俺のこの日常を表現する一番的確な言葉は「冴えない」だと思う

とはいえ、冴えないというととてもネガティヴな感じがするけれども、必ずしもそうではない

少なくとも今のところ自分が不幸せだとは思わないし、むしろ何でもないタイミングで「幸せだな」と感じることも少なくない

探求そのものも面白いし、変に力んだりしたりせずに自分のペースで楽しめている

お金や健康や人間関係に関する悩みがない訳ではないけれど、それらとの関係性もだいぶ楽になったし直近で対処すべき緊急な問題も現時点ではない

基本的にリラックスできているし深刻さもほとんど垣間見えない

つまり、以前と比べると格段に生きやすくなっているし軽やかに日々を歩んでいる

でも、その一方で何となく物足りなさも感じている

いまひとつメリハリはないし、エネルギッシュさもない

基本的には安らぎがあって安定してはいるものの、生き生きとした明るく力強いパワーがないし、情熱や喜びとは程遠いと言える

「開花」という視点で見れば、明らかに花は咲いていないし、もぞもぞともどかしくやるせない感覚がある

探求することは楽しいけれど、桜沢如一のいう「楽しくて楽しくてしょうがない」というほどのものではない

暇であることにネガティヴな感情を感じることはほとんどないけれど、それでも退屈といえば退屈だし、この状況を脱したいという気持ちは確実に存在している

これらを総合してその気持ちを言葉にすると「冴えない」という表現がベストだと思う

でも、その一方で、そもそも「冴えない」というレッテルをこの現実に貼り付けたのは俺なんだよなとも思う

「空」である目の前に広がる世界に「冴えない」という「色」を塗ったのは俺自身

別に他の色を塗ってもよかったのに

他の人から見たら俺のこの日常は羨ましいものであるかもしれないのに

つまり、どんな意味や価値を見出してもいいのに、俺はこの世界に「冴えない」というラベルを貼った

そもそもなぜこの世界を「冴えない」という色眼鏡で見ているのか

彼女がいないから
友達が少ないから
引きこもっているから
やりがいを感じる仕事についていないから
エネルギッシュさがないから
退屈しているから
イベントが少ないから
理想とかけ離れているから

これらの現実に対して、「だから、俺の日常は冴えない」という価値観を関係付けている

「冴えない」と結びつけることだって自分で選んでやっていること

というか、そもそも「冴えない」ことはいけないのだろうか?

つまり、「冴えない」=「ダメなこと」という関係性も勝手につくりだしたものに過ぎない

だから、「この冴えない日常を何とかしたい」と思うようになる

でも、本当に「冴えない」=「ダメなこと」なのだろうか

整理すると、
いま自分の目の前に広がる様々な要素がある(彼女いない、引きこもり、暇)
→その要素と「冴えない」を結びつけている
→かつ、「冴えない=ダメなこと」としている
→だから、これらのことをどうにかしたいし、やるせない悶々とした感じがする

そして、それらは全部自作自演

自分で勝手に意味や価値をつくりだし、勝手に悩んで落ち込んでいる

でも、この流れにこんな一言があったなら

「冴えなくてもイーンジャナイ?」

みつろうさん流

こう思えたなら無敵

それに、こう思える可能性は充分にある

というか、今すぐにこう思うことができる

無理にこう思おうとする必要はないけれど、「空即是色」が腑に落ちている今なら、自然と「冴えなくてもイーンジャナイ?」と抵抗なく思える気がする

だから、「なんで俺の日常はこんなに冴えないんだろう?」とか「どうしたらもっと理想的な人生になるのだろう?」とか考えなくていい

「冴えない日常だな」と思う

そこでストップ!

それ以上先に進まない

「冴えない」=「ダメなこと」にも進まなければ、「冴えない日常をなんとかしたい」にも進まない

「冴えないな」
以上!

ここまで書いて思ったけど、この流れ、この前書いた願望実現のやつと同じ

「彼女欲しいな」で止めとくというヤツ

「どうやったら彼女できるだろう」とか考え出したりせずに、「彼女欲しいな」でストップするというヤツ

あれにそっくり

つまり、「冴えない日常でイーンジャナイ?」とすら思う必要もなく、

「冴えない日常だな」…以上!
って感じ笑

黒斉さんの言う「借金たっぷりで離婚危機を迎えていますけど、それが何か?」っていう境地

マッキーの言う「問題解放」と言っていいのかもしれない

冴えない日常を良いとも悪いとも評価せずに、それゆえに冴えない日常をどうにかしたいとも思わない

そんな境地

でも、これこそ「Being」という在り方なのではないだろうか