つまり、願いを実現するために何をしたらいいだろうかという思考になりやすく、願いを願うだけで止まることが難しくなる
例えば結婚したいという願望
そこには「結婚しなければ、みんなに置いていかれて寂しい老後を送ることになってしまう」という恐れはないだろうか
例えばお金持ちになりたいという願望
そこには「お金持ちにならなけば、貧乏で惨めな人生を送ることになってしまう」という恐れはないだろうか
例えば出世したいという願望
そこには「出世しなければ、組織の中で認められずに社会的な価値が無くなってしまう」という恐れはないだろうか
例えば痩せたいという願望
そこには、「理想の体型にならなければ周りから好かれずに孤独になってしまう」という恐れはないだろうか
例えば悟りたいという願望
そこには「悟らなければ幸せになれない」という恐れはないだろうか
「こうなりたい」という願い
その背後には
「こうならなけば幸せになれない」という恐怖がある
「これが欲しい」という願い
その背後には
「これが手にはいらなければ幸せになれない」という恐怖がある
その恐怖は人々を「願いを叶えるために何かしなければ」というパラダイムに容易に陥れる
「願いを願うだけ」というのはスゴく難しい
この競争社会の中で僕たちは幼い頃から、努力した末に喜びや成功が手に入ると教え込まれているから
何もせずに望むものが手に入るなんて信じられない
もちろん、願いを実現するために努力することが悪いことだなんて言わない
でも、「願うだけでいい」と信頼できたなら人生はもっとスムーズで軽やかで生きやすいものになるのだと思う
願望に執着しない
「願望が叶わない」ということへの恐れが願望への執着を生む
そして執着すれば「何をしたらいいのだろう」という「Doing」のパラダイムで生きることになる
「願望がある」
ただそれだけ
「Being」という在り方で