マズローは高次欲求である「自己実現」に至るためには、五段階説でいう生存欲求から承認欲求までの低次の欲求が満たされる必要があるとしている(俺の解釈)
でも、低次欲求が完璧に満たされることってないのではないだろうか?
だって低次の欲求は、ある欲求が満たされたとしてもまた別の欲求が生まれるから
特定の欲求が満たされるとそれ自体が次の欲求を生むという仕組みだから
そう考えると、低次の欲求が完全に満たされることはない
つまり、もし仮に低次の欲求がすべての満たされたとしたら、それはつまり低次の欲求がすべての満たされないことと同じである
言い換えるならば、低次の欲求が完全に満たされるということは、欲求そのものの消滅を意味する
だって満たされたということは、欲求はもうないのだから
つまり、逆説的に言えば低次の欲求が完全に満たされていないときに、低次の欲求が全て満たされるということ
端的に表現すれば、「陰極まって陽になる」と言ってもいいかもしれない
例えば、現実的な問題として仕事、恋愛、人間関係、金銭、健康などあらゆることがらが絶望したときに初めてすべてが満たされるということ
仕事、恋愛、人間関係、金銭、健康などすべての願望が満たされるということはない
もし仮にそれらすべての願望が満たされたということは、そこにはそもそも願望は存在していないということだから
叶った願望はもう願望ではないから
つまり、あらゆる願望がついえたとき、すべての願望が手に入る
話が逸れたけれど、結局何が言いたいかというと、
「自己実現」に至るための条件が低次の欲求の完全なる満足であるならば、それはつまり低次の欲求が何一つなくなった状態のことであり、それは現実的な観点から言えばいわゆる「絶望」と呼ばれるものであり、「人生のどん底」とも表現できる
つまり、「絶望」「人生のどん底」は自己実現の入り口となり得るということ
現に黒斉さんやマッキーや阿部さんや知井さん、あるいは他のメッセンジャーたちの逸話を聞く限り、「絶望」の状態でいわゆる覚醒体験(マズローの言う至高体験)を迎えている傾向が見られる
つまり、低次の欲求が完璧に満たされるということは=「絶望」ということであり、低次の欲求が満たされることが自己実現(あるいは至高体験)の入り口となり得るのであれば、「絶望」や「人生のどん底」が自己実現の入り口となり得るということ