正直、農園を見て「こんな農園つくりたい!」とは全く思わなかった。
むしろ、数ある選択肢の中からパーマカルチャーは無くなったという方が正しい。
一方で、パーマカルチャーの概念や考え方に共感する部分は多かった。
里山との共存の話
循環の思想
自然の中にあるデザイン(円、波形など)を物や家のデザインに生かすこと
つまり、パーマカルチャーというものそのものにはそれ程のめり込みはしなかったけど、部分的にかいつまむような形でこれからのライフスタイルや考え方に生かしていけるといいなと思う。
ただ、数ある学びの中でひとつだけ群を抜いてとても印象に残っている話がある。
生態系ピラミッドについて。
生態系のピラミッドの底辺の方に属されるいわゆる弱者的な生物はたくさん卵を産む。
小魚なんかそう。
何百個何千個と卵を産む。
そしてそれは一般的には、強者にあたるより大きな魚や天敵に食べられることを考慮して、たくさん産んでいるとされている。
つまり、数打ちゃ当たるというか。
食べられても自分たちの子孫が確実に残るためにたくさん産んでいると。
でも、それは違うのではないかと設楽さんは言う。
生態系の弱者がたくさん卵を産むのは強者の餌になることも考えて産んでいるという。
つまり、強者を生かすためにその分卵をたくさん産むのだ。
言い換えれば強者に餌を提供しているということ。
自分の種だけを残すのではなく、生態系全体のバランスを崩さないために多くの卵を産んでいる。
設楽さんは自然を観察する中でそのことを思ったそう。
自然というのはお互い共存して共生しているということをつくづく感じていて、その視点から考えると、弱者にあたるピラミッドの底辺の生物たちは、生態系という大きな枠組みで考えてたくさん産んでいると。
他の種が生きていくために卵をたくさん産んでいると。
確かに自分の種だけ残すことが目的ならば、進化の過程で他の種に食べられない進化もできたのではないかと思う。
殻を硬くするとか。
擬態して見つからないようにするとか。
そうではなくて、卵をたくさん産むという選択をしたのは、やはり生態系全体を生かすための選択のような気がしてならない。
まあ、でも、逆に言えば卵を少ししか産まずに全部食べられたがために弱者が全滅したらその上の強者もいなくなるというのは当然なんだけど。
つまり、結局は人の解釈の仕方次第なのかな。
でも人の解釈次第なのであれば、
やはり設楽さん説を推したい。
生態系全体を生かすために卵をたくさん産んでいると思いたい。