鬼滅の刃の第三部が終わりました。
以前からこれを観ている外人を観るのが好きで、よくYouTubeで観ています。
海外でも人気の作品なんですよね。
でもあんなに和の要素が強いのになぜ人気なのかが不思議な気がして。
ワンピースの和の国とか、銀魂なんかは和風ですが、そのものではない。
鬼滅の刃は完全に大正時代の日本なわけだし。
それはそれとして気になったのが甘露寺蜜璃。
彼女は恋柱なわけですが、英語にするとLove Hashiraになります。
さらに日本語にすると愛柱?
なんか違う・・・。
愛柱だとマザーテレサのような慈愛に満ちたイメージになるけど、甘露寺蜜璃はあくまで恋柱。
「愛」は性別や年齢、場合によっては生き物の種別を超えた感じですが、「恋」は完全に男女間。(LGBT?でもそれは同性愛であって同性恋とは言わない)
それも10代から20代くらいまでのイメージです。
まあ30代40代で恋する人もいるでしょうけど、なんかそういう感じではないですよね。
ということで、Love Hashiraで外人に恋のイメージが伝わっているのかどうか?
観ている限りでは伝わっていない感じがするなー。
だって僧伯天の「憎しみ」に対して「愛」とは真逆で敵としてピッタリだと言っている人もいたし。
いやいや「恋」は「憎」の反意語じゃないよね。
なかなか言葉って難しい。