平安時代,清少納言は枕草子で「星はすばる」と

その美しさを讃えました。


ヒューマノイド型生命体の起源がプレアデスと関係している、というだれかチューバーさんの動画を漠然と見て


「自分はプレアデスから来たんだろう・・

だとしても、お役目を果たせそうになくてなんだか申し訳ないな・・・」


というのが私の当初の素直な感想だったのです。それから半年もたたないうちにプレアデスの光のワークを教えるヒーリング学校の授業を受けていました。227月のことです。

 

それは真に奇異と言えたでしょう。


ヒーリングどころか、通常のカウンセリングいえ、ちょっとしたリラクゼーションでさえ「受ける・受けたい」という概念を私はほぼ持つことがなかったのですから。 

 

インドの神話では

牛に化身した悪魔を、形もなく性もない真の神がたくさんの神々の光を放出して


ドゥルガー(チャンディ=チャームンダー)


という女神をつくりだし悪魔の牛を討伐した、

ということがわかりました。

 


様々な姿で「ラクタビージャ」と闘う女神たち

神さまは女性たちを

讃えたかった

救いたかった

力づけたかった

 

インド神話の扉を開きかけただけで女神たちのプリミティブなEnergy真の神の熱すぎるソーマが画面から零れて圧倒されずにはいられませんでした。

 

探していたのは摩多羅神のおおもとになったインドの神さまです。

そして、

ドゥルガーを含めた7人の女神集団が七母天の原初だったことがわかりました。

 

サプタマートリカーと言って7人(あるいは8人etcの母神であり、それらは実際には、ブラフマー、シヴァ、インドラといった強い男性神のシャクティから派生した、神の女性性だったのです。

 

本来女神たちは、真の神に内在していた姿。

 

ここで太古の人々がしたかもしれない間違えをもうこれ以上踏襲しないために、注意が必要です。

 

男性性の強い神さまが女性性の神を出した、

 

な〜んだ、やっぱり、男性が優れていて先なんじゃないか

 

はい、ブブー。大間違いです。

 

たまたま、エレメントの関係上、

進出  と 受容 で

私たち人類の性はわけられてしまいましたが。

 

出す 方が 先なのは、

ある意味、当たり前ではないですか。

受け入れる側から出すことはできません。

 

しかし、わかりきったことですが、私たち自体相手方がいない限り片方だけでは何人たりとて生まれることはなかった、という事実。

それをどれくらい長い時間、忘れたら気が済むのでしょう?

 

これは悪魔で身体構造の=肉体のお話です。

 

私たちの肉体以外のエネルギーボディは、

固定化された肉体と違い、

女性性と男性性が等分にバランスがよくなければ

統合なんぞ訪れやしませんし、ましてや目覚めなんか来るわけもない

 

真の神が地球上ではいわゆる

男性の姿で現れた、理由、それは、

地球自体が女性神だから

です。

 

すでに、地球という星が

女性性の神そのものでできている

ために、なんの苦もなく男性神が

おりたつことができたのです。

 

神は地球の実情を我が身をもって

お示しになられました。

 

偉大なる創造神ブラフマーさえ

なしえなかったことを

女神たちがやってのけた、

みんなもそれができるのだ

と。

 

実のところ、

本を読まずにネットを頼りに調べていました。

 

というのも、結論ありきの「証拠」を見つけ出すことを目的としたのではなく、その周辺にあるエレメントや事象、

神が人類に真に望んだことがなんだったのか?

どこで齟齬がうまれ、

人々は勘違いの道を歩んだのかが

私には気がかりだったからです。

 

「七人の母」を意味する、

サプタマートリカーと呼ばれる女神集団。

マートリカーが直訳で「母親」を意味し、

ローマ字訳で MatrikasMatar, Matri

でもある、と記述されています。

 

まさに摩多羅()、摩多利() ですね。

というわけで、摩多羅神の、名と母親を表す、原初のインドの神にたどりつきました。

 

そして、結局は東華、というよりドラマ

「枕上書」にも着地してしまったのです。


ながくなってしまったのでつづく