「あのとき、
もっと違うことをしていれば……」

ふとした瞬間に、
そんなことを考えてしまうことはありませんか?

夜、布団に入ったとき。
ひとりで車を運転しているとき。
何気なく昔の写真を見たとき。

急に思い出して、
胸がぎゅっとなる。

若い頃の失敗。
誰かを傷つけてしまったこと。
言ってはいけないことを言ってしまった記憶。
大切な人との別れ。

あるいは、
自分が誰かに傷つけられた記憶。

時間が経てば忘れられると思っていたのに、
何年経っても、心のどこかに残っている。

そんな経験を持っている人は、
きっと少なくないと思います。

でも、ここでひとつ、
考えてみたいことがあります。

あなたは今でも、
過去の自分を裁き続けていないでしょうか。

 



■過去の自分は、今の自分ではない

私たちはつい、
今の自分の知識や経験で、
過去の自分を評価してしまいます。

「あんなこと、するべきじゃなかった」
「もっとちゃんと考えればよかった」
「どうしてあんな判断をしたんだろう」

そうやって、
何度も同じ場面を振り返る。

でも、そのときの自分には、
そのときの事情がありました。

知らなかったこともある。
未熟だったこともある。
心に余裕がなかったこともある。

もちろん、
過去の間違いを正当化する必要はありません。
反省することは大切です。

ただ、
「反省すること」と
「自分を責め続けること」は、
まったく別のものです。


その経験から何かを学んで、
同じことを繰り返さないように生きているなら、
それはもう、
今のあなたの中でちゃんと生かされています。

それなのに、
何年も、何十年も前の自分を、
まだ責め続ける必要があるでしょうか。



■「赦す」とは、忘れることではない

「人を赦しましょう」と言われると、
「そんな簡単に赦せない」
と思う方もいると思います。

それは当然のことです。

深く傷ついた出来事を、
無理に忘れる必要はありません。

嫌だったことは、嫌だった。
傷ついたことは、傷ついた。

その事実まで、消さなくていいんです。

赦すというのは、もしかすると、

その出来事に、
これからの人生まで支配させないこと。


なのかもしれません。

「あの人に傷つけられたから、自分は不幸なんだ」
「あの失敗があったから、自分には価値がない」

そんなふうに、
過去に人生のハンドルを渡してしまわない。

少しずつでいいから、
自分の人生を「今」に取り戻していく。

それが、本当の意味での
「赦し」なのかもしれません。

そして、もうひとり。
忘れてはいけない人がいます。

それは、あなた自身です。

人を赦すことより、
自分を赦すことのほうが難しい。
そういう人も、たくさんいます。

「あの頃の自分はダメだった」
「あんな自分が恥ずかしい」

そう思っている自分に、
「もういいよ」
と声をかけてあげる。

それだけでも、
心の中に少し、
余白が生まれるのではないでしょうか。


■人は、いつからでも変わる

今の自分を、
過去の一場面だけで決めることはできません。

人は変わります。
考え方も、大切にするものも変わっていきます。

若い頃にはわからなかったことが、
年齢を重ねて、ようやくわかることもあります。

だから、自分のことも、誰かのことも、
「昔はこうだった」だけで
判断しなくていいのだと思います。

過去は変えられません。

でも、
過去を見る「視点」は変えられます。

そして、
今この瞬間からの生き方も変えられます。

もし今、
心の中にまだ許せない誰かがいるなら、
無理に好きになる必要はありません。

忘れられない過去があるなら、
無理に忘れる必要もありません。

ただ、

「もう、この出来事に、
これ以上自分の人生を支配させなくてもいい」

そう思ってみる。

そして最後に、
自分自身にもこう声をかけてみてください。

「あの頃の自分も、
あのときなりに頑張っていたよね」


そう思えた瞬間から、
過去は「自分を責める材料」ではなく、
「今の自分をつくってくれた経験」に
変わっていくのかもしれません。

人生は、
過去の続きを生きることだけではありません。

今日からまた、
新しいページを開くことができます。

だからもう、
過去の自分を責め続けなくていい。


これからの自分を、
少しだけ大切にしてあげてください。


―――

最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。

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