地元で送別会兼忘年会@中目黒 鍋パ。

おばちゃん連中(ほとんど友人の奥さん達)がやたらハイテンションで俺の会社はおかしくないかってテーマで盛り上がる。


海外勤務から帰って来ても、またすぐ海外勤務じゃあ不幸じゃないかっていう話。

「これだから別れたりってことになるのよね」とか。

「結構、離婚率高いんじゃないのお宅の会社」とか。

「なんか、○○君(俺の名前)ってなんか影があるよね。男は影があった方が魅力的だけど」

下げたり上げたり、そっち系に持って行きたがるおばさん連中。俺だけ浮いているという。異種格闘技だ。


酔えば酔うほど、ずけずけ聞いて来るおばさん連中。余計なお世話だ。

「ところでどこで知り合ったのか」とか。

「結局、何年一緒だったのか」とか。

両側から攻めて、だんだん真ん中の核心部分に追い詰めようという連携プレー。


さらに進むと「ねぇねぇ、失礼なこと聞いていい・・・」という前置きをみんなが使い始める。

総合すると、おばさん達の質問は2つにしぼられる。

① 理由は何か?

② 慰謝料?養育費?弁護士費用?とか経済面全般?

である。


このおばさん達は、まあ友人の奥さん連中ということもあり、「明日はわが身かも知れないんだよ」とかで、後学のために面白おかしく答えてやることにしている。別れた彼女は、地元とは無関係でこの奥さん連中も知らない人だからなおさら興味を持っている。それに、おばちゃん連中には間違いないのだが、30代の人もいるし、友人の会社で取締役だったり、大手自動車メーカーの課長の人もいるし、薬剤師もいるから侮れない。逆に教えてもらったりすることもある。どっちにしろ、人の不幸は面白い・・・・そうだろ。


とにかく理由なんて、ひと言じゃ片付かないけど、いつも「価値観の違い」って言っているうちに、最近ではそれが本当の理由のようにも思えて来たし。経済面全般については「責任の範囲で」って言っているうちに、確かに責任を超える保障はできないしなって思うので、案外、正解なのかも知れない。こうして、おばちゃんたちのワイドショー的な質問攻めにどうでもよくなって来たのか短絡的になって来たことに反省が必要だ。


結婚しててもしてなくても、男女が別れる理由なんて言葉になるとは思えない。物理的(経済的)に破綻するか、どちらか別に好きな人が出来ちゃうんじゃ、どうにもならないけど、その場合、理由ははっきりしている。しかし、そうでない場合は、だんだん壊れちゃうもんなんだと思うよ。だから、ひと言じゃ片付かないし、明確な別れる理由なんて存在しないのさ。理由が無くても別れたという結果だけで十分にその先も生きて行けるよ。一緒にいることに幸せを感じなくなったら、別れた方がお互いのためだと思うしムリに修復を重ねて何になるのだろうか。なんかそう思うようになって来た今日この頃だ。それと確かに誰かが言ったように結婚するより離婚する方がエネルギーを使うことは間違いないようだ。って言い放ったら、全員から反感を買う。


でも、特に頭に来ない。俺も大人になったのか・・・・ただのガキのままなのか。何を言ったってとても賛同は得られまい・・・・。しかも今夜は酔っているし。


そんなことより、俺の大事な東京時間がこんなことで消費されてしまうことがむなしい。